山形牧師の部屋 - 記事一覧
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| 発行日時 | 見出し |
|---|---|
| 2026.08.19 |
帰省の子 訪ねてくれて 孫のよう
2026.8.19 本日、教会員の娘さんAさんご家族が ご実家の釧路に帰省中、 我が家に訪ねてくださいました。
毎年1回お会いすると お子さんたちの成長ぶりを見て とても励まされています。
今回訪ねてくれた お子さん(7歳と3歳) たちは 我が家の庭のミニトマト もいでくれました。
来年は 8歳と4歳 暑い所から 釧路に来たお孫さんたちは 涼しい釧路で 夜は熟睡できて 喜んでおられます。
月末に、私たちの孫も来るので 今から待ち遠しいです。
子どもたちも 孫たちも みんなみんな イエス様と しっかりと 結びついて イエス様のことを 語り伝える者となりますように!
子孫たちは主に仕え 主のことが世代を越えて 語り告げられます。 (旧約聖書 詩篇22篇30節)
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| 2026.08.18 |
九輪の ひまわり孫を 待ちわびて
2026.8.17 昨日は、とても明るい日差しが 釧路を包んでいたこともあり
今朝窓際の 一つの苗のミニヒマワリが 喜んで 9輪も顔を出していました。
春先に苗を植えながらも 低温で 曇りの日が多く せいぜい一つか二つくらいしか 顔を見せていなかったのですが 今朝は今季最多です。
ヒマワリを見ると 元気が与えられますね。
月末に埼玉からくる予定の 1歳半の孫が ひまわりが好きだと聞いて 春から準備しています。 お花をつんつん指の先端でさわって 喜ぶようなので 今からその姿をイメージしながら 待ち遠しいです。
ひまわりも つんつんされて 愛でてもらえることを 待ち望んでいるかのよう。
幼児にとっては ヒマワリは見上げる花 というイメージが ありますが 見下ろせるヒマワリが あってもいいですよね。
孫には いろんな種類のひまわりが あることを知って 楽しんでもらおうと 居間の前の庭の区画にも 色々な種類のひまわりの種を ランダムに蒔きました。 葉っぱは 生い茂ってきましたが まだ、一輪も咲いていません。 孫が滞在中に 何輪咲いてくれるかな〜
ヒマワリの花って不思議だなあ 目も口も ついていないにもかかわらず いつも笑っているように 見えるのは なぜだろう・・・
創造主のなせる やさしさの 不思議さですね。
彼らは主の家に植えられ 私たちの神の大庭で花を咲かせます。 (旧約聖書 詩篇92篇13節)
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| 2026.08.17 |
爆弾を 人に向けたる 罪深し
2026.8.16 終戦記念日の翌日 97歳になる 私たちの教会メンバーのAさんが 釧路空襲の体験談を 語ってくださいました。
元、小中学校の 先生をされていただけあって わかりやすく 一人一人に 語りかけるように 語ってくださいました。
前半15分は 子どもたちに向けて お話し 後半30分ほどは 一般の方々向けに お話くださいました。
女学生時代に 釧路空襲に遭遇された Aさんの 生々しい 恐怖の体験談は 聴く私たちの心を揺さぶり 平和を希求する 思いを新たにさせて くれるものでした。
Aさんの証言で 「旭小学校が釧路駅と間違えられて 爆弾が落とされた」 という説明を聞くと
武器弾薬の運搬に利用される 駅などの インフラにダメージを与える 戦術的目的での 空襲と思えそうですが
その一方で 「防空壕めがけて 確実に 人を殺める目的で お互いの顔が見えるくらいまで 戦闘機が 降下してきた」という 証言を聴くと
人を殺傷する目的で 爆弾が使われたことがわかり
心が凍りつくような 思いがいたします。
戦後の裁判で 日本の軍部の 一部だけが 一方的な裁判で さばかれる一方
(広島、長崎の原爆投下を含めて) 民間人を殺傷目的で 兵器を使った行為についての さばきは 果たして なされたのか と思うと
人間のさばきは きわめて不完全で不公平である という思いも致しました。
人は人を公正にさばけないからこそ 公正にさばくことができる 創造主にして絶対者なる神を 切に必要としていることを 改めて痛感しました。
イエス様は 救い主にして さばき主であることが きわめてよい知らせなのですね。
公正を愛し、不法な略奪を憎む。 わたしは真実をもって彼らのわざに報い、 永遠の契約を彼らと結ぶ。 (旧約聖書 イザヤ書61章8節)
毎年 この時期に 繰り返し聴きたい と、あちこちから 声が聴かれました。
終った後に 今回、体験談を分かち 合ってくださったAさんに 感謝のおことばを かけられる ご近所さんたち
お話会の後には 皆さんで茶菓をいただきながら 戦争と平和について 語り合いました。
ご近所の奥様のお一人は 茶菓をいただきながら
「どうして、人間って 懲りずに 戦争を繰り返すんでしょうね〜」 と 嘆いておられました。
聖書のおことばを ご紹介させていただきましたら うなづいておられました。 どこから出て来るのでしょうか。
ここから、すなわち、あなたがたのからだの中で 戦う欲望から出て来るのではありませんか。
人殺しをします。熱望しても手に入れることができないと、 争ったり戦ったりします。
自分のものにならないのは、 あなたがたが求めないからです。
自分の快楽のために使おうと、 悪い動機で求めるからです。 (新約聖書 ヤコブの手紙4章1節〜3節)
上の聖書の言葉に基づいて 戦う欲望が 私たち 一人一人の 心の中に あるのだという 自己認識を 持てるかどうかは とても大切なことだと 思いました。
釧路空襲の実態については まだまだ 知らない釧路市民が 多いと思いますので 「伝え聞いた」者として 伝えていかないといけないなあと 思いました。
それと同時に 真の平和は 十字架で 戦争を起こす私たち 一人一人の人間の罪を背負って 十字架で死んで蘇られた キリストによって もたらされるということも。
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| 2026.08.16 |
過去「生徒」 今は「聖徒」と なりし君!
日曜礼拝にAさん(写真右手)が 初出席
Aさんとは 実に48年ぶりの再会
48年前、当時、私は 釧路市立鳥取西中学校の 1〜3年5組の担任で Aさんは1組の生徒で バレーボール部の キャプテン兼生徒会副会長
Aさんは 波乱万丈の生涯を その後送られましたが イエス・キリストを 救い主として信じ続けて この日は礼拝後に 互いに祈り合い
教え子から 祈ってもらうという 感激に咽び泣く感動を 覚えました。
Aさんとの会話で 「Aくん、3組の担任のC先生のこと 覚えている?」 「はい、国語の先生でしたよね。」 「そう、そのC先生がね、救われ バプテスマ受け 退職後 神学校へ行き、今は牧師として 主の福音のために働いているんだよ。」
「へ〜!驚きました。」
「そして、今C先生が牧会している教会が このD牧師さん(写真中央)のお父様が かつて牧会されていた教会なんだよ。」 「世間て狭くて広いもんだね〜 ぼくたち、どっかで色々 繋がっているんだね〜」
すべて時にかなって美しい。 神はまた、人の心に永遠を与えられた。 しかし人は、神が行うみわざの 始まりから終わりまでを 見極めることができない。 (旧約聖書 伝道者の書3章11節)
とっても嬉しい 感動に満ちた日 となりました!
かつて 教師と教え子 今は主にある兄弟だ!!!
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| 2026.08.15 |
孫来る日 ひまわり咲かせ 迎えたし
2026年8月4日現在の 我が家のひまわり畑
ちょっと 密集させすぎたかな〜
2026年8月15日現在 我が家のひまわり畑
約2週間後に 埼玉からくる孫のために
ひまわり畑を備えようと 種を蒔いて 苗をつくって 植えつけました。
数日前は 大風が吹いて 多くのひまわりが 倒れてしまいました。
孫が来るときには ひまわりの花が 喜びの笑顔で 咲いていてくれると 嬉しいな
孫がヒマワリを見て 微笑む姿を 今から イメージして 愉しみにしています。
私たちの神の大庭で花を咲かせます。 (旧約聖書 詩篇92:13)
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| 2026.08.14 |
「交わり」 を 絶やさぬ仲間 主の家族
2026.8.13 午前中 一本のお電話が入りました。
釧路市ご出身で 現在東京在住の 男性Aさんからでした。
「私はクリスチャンです。今、教会堂の前にいます。」
「ご用件を伺ってもよろしいですか?」 「お交わりをしたいのです。」
ちょっと驚きましたが 郷愁の思いがこみ上げました。
「5分ほどお待ちいただいても、いいですか。」 と申し上げて お湯を沸かしていたガスを止めて
急いで 会堂へ向かいました。
Aさんからお話を伺うと
80代のお父様が 釧路市内の病院で ご逝去された訃報を 東京で受け 前々日に 急遽、飛行機で 来釧されたとのことでした。
翌々日に 葬儀に控えておられる とのことでした。
会堂で Aさんの ご家族のために ごいっしょにお祈りしました。
ちょうど その時 今週日曜日に バプテスマをお受けになられた ばかりのBさんが おいでくださいました。
Aさんは Bさんとは 初対面でしたが バプテスマ受けたばかりのBさんの 信仰の励ましのために お祈りくださいました。
自分自身が悲しみの中にありながらも 他の人のために祈られる姿に 感動しました。
Bさんは 「おれは、いつも 自分のことばかり祈ってしまう。 こうやって みなさんは、他人のために祈れるって 感心する。俺はまだまだだ・・・」 と仰っておられました。
Aさんは 「大丈夫ですよ。 初めはみんなそうですよ。」 と優しくBさんを 力づけておられました。
Aさんは 釧路市民が 一人も滅びないで 救われるように と 釧路市民の救いのためにも お祈りされました。
ふるさとの釧路に戻ってきたいと 願っておられるAさんですが
就労の機会が 一番大きな 課題となっているようです。
左から、私、Bさん、Aさん
それにしても
「ご用件は?」 に対して 「交わりのため」とは!
本来クリスチャン同士は クリスチャン同士だとわかれば もうその時点で 用件を尋ねること自体が 野暮なことだなと 思いました。
クリスチャンが クリスチャンを訪ねるのに 「交わり」以外の 理由なんてなくても いいのかもしれない。
交わるついでに あのことを話したり このことを話すことはあっても 本来神の家族が 会いに行くのに 理由なんてなくてもいいはず
それが家族というもの たとえば 私には関東に二人息子がいますが
何の予告もなしに帰ってきたら
「何しに来たんだ?」 「用件は?」なんて聞いてら 変ですよね。
クリスチャン同士なら 「よく来た!」 「まあ入って!」 そう気軽に言い合える関係で ありたいものですね。
かつて 玄関の呼び鈴がして 玄関の扉を開けたら なんと ブラジルのサンパウロで世話になった 牧師さんが 玄関の外に立っていて えらく驚いたことがありました。
まだ携帯電話もない時代のことです。
もし、あの時、私が不在だったら どうしたんだろう?
と今更ながら 思いました。
地球の裏側から 突然の来客が来ても 当たり前のように 「よく来た!」 「入って」と言えるといいですね。
今、突然誰かが 来ても 対応できるかどうか
スケジュールには 「余白」が大切だと 言われます。
「余白」は、言い換えると 愛の受け皿なのかもしれません。
私たちは スケジュールを 過密にしないように もっと空白の時間 ゆとりを持つ必要があるように 思いました。
Aさんとその ご家族の皆様の上に 主の慰めがありますように
私たちが見たこと、聞いたことを、 あなたがたにも伝えます。 あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。 私たちの交わりとは、 御父また御子イエス・キリストとの交わりです。 (新約聖書 1ヨハネ1章3節)
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| 2026.08.13 |
記念会 故人偲びて 主を仰ぐ
悲しみは、乗り越えるものではなく 悲しみは、支えられるもの
2026.8.12
昨年のこの日 53歳でご逝去されたAさんの 一周年記念会を行いました。
Aさんのご主人は Aさん亡きあと、自ら グリーフケアの研修をお受けになり 自助グループを立ち上げ 現在、同じ悲嘆の悲しみを通られている方々に 仕えておられます。
主イエスの 慰めが満ちますように
私たちを慰めてくださいます。 それで私たちも、自分たちが神から受ける慰めによって、 あらゆる苦しみの中にある人たちを慰めることができます。
キリストによって私たちの慰めもあふれているからです。 (新約聖書 ?コリント書1章4節~5節)
人はみな死に向かって生きています。 100%の確率で死を迎えます。
存在の喪失に直面する方を どのように周囲が 支えていくか いのちの創造主なる主の慰めの御手が ありますように。
永久に死を吞み込まれる。 神である主は、すべての顔から涙をぬぐい去り、 全地の上からご自分の民の恥辱を 取り除かれる。 主が、そう語られたのだ。 (旧約聖書イザヤ書25章8節)
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| 2026.08.12 |
語り継ぐ 釧路空襲 平和へと
教会堂にて8月16日正午より 私たちの教会のGキッズ主催によって 「釧路空襲〜そのとき私は女学生でした〜」 の体験談が 語られます。
こどもたちにもわかるように 語られる予定です。
語ってくださる女性Aさんは 私たちの教会メンバーで 現在96歳で 今もなお壮健です。
Aさんは 毎週日曜礼拝に ご出席されて 真剣に 礼拝メッセージ耳を傾け ノートにメモされています。
Aさんは 元学校の先生で お話がとても わかりやすいです。 そのため 釧路市内のあちこちの中学校や 高校から 「体験談を語ってください」と お招きを受けておられます。
次世代に語り伝えられる 必要がある 貴重なお話を楽しみにしています。
聴く私たちは 次の世代に 語り伝えていく 使命感をもって 聴きたいものです。
そうです、 イエスキリストの福音を 聴くときの態度のように。
私たちは 戦争の悲惨さを いやというほど 耳にたこができるくらい 聴きながらも
いっこうにやめようとしない 罪深さがありますよね。
私たち人間の心には 謝罪や赦しや和解よりも 恨みと復讐心と対決を 選び取ってしまいやすい 鉛のような心の 性質があります。 それを聖書では 「罪」と呼びます。
私は、クリスチャンになる前 高校三年の時に 一時 平和運動に憧れを抱いた時期があり ました。
しかし 平和運動を熱心にされている 方々と接していると
「恨み」「復讐心」「対決」 「憎悪」「敵意」「闘争心」 といった あたかも ノルアドレナリンを 分泌させるものばかりを 見させられ
平和を声高に眉間にしわを寄せて こぶしを振り上げて唱える人の心の中に 本当の平和があるのだろうかと 疑念を抱きました。 (もちろん自分の心の中も含めてですが。) これは、どこかおかしいと 思いました。
そんな矢先 聖書を読みながら
99匹の羊を置いてでも 迷った1匹の羊を見つけるまで 探し求める 良い羊飼いイエス様の話を聞いて
「これだ!」 「この方だ!」
イエス様の中にこそ 「真の平和」の安らぎを 見るような思いがいたしました。
イエス様の中には 「愛」「喜び」「平安」 「寛容」「親切」「善意」 「誠実」「柔和」「自制」が すべて、満ち満ちている!
人間どうしの 努力だけでは 真の平和は 築かれない。
やはり 私たちの罪のために 十字架で 死んで葬られて 蘇られた 平和の君なる イエス様のご介入が 絶対不可欠なのですね。
キリストは私たち二つのものを一つにし、 ご自分の肉において、隔ての壁である敵意を打ち壊し、 こうしてキリストは、この二つをご自分において 新しい一人の人に造り上げて平和を実現し、 十字架によって神と和解させ、 敵意を十字架によって滅ぼされました。 遠くにいたあなたがたに平和を、 また近くにいた人々にも平和を、 福音として伝えられました。 (新約聖書 エペソ書2章14〜17節)
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| 2026.08.11 |
描く孫 笑顔の息子 宝かな
この写真を見ているだけで 幸せになります。
昨日は長男の誕生日で 1歳半の 孫からの祝福のお絵描き メッセージをいただいて ご満悦
ワタシもかつて 息子たちから お絵描きメッセージいただきました。
カードを手前に 一緒に顔写真撮っておけば 記念になったのになあと 悔やまれます。
8月は、平和に思いをはせる 季節ですが 家庭の平和は 国家の平和の基盤だなあと 思います。
いかんせん、 私達人間は みな、神様の前に 自己中心の罪びとですので
まずは、キリストが 十字架で 完成された 平和をしっかりと 受け取ることが大切ですね。
キリストが真ん中におられてこそ 初めて 夫婦の平和 親子の平和が 築かれ、保たれるよう。
どんな場合にも、あなたがたに 平和を与えてくださいますように。 どうか、主があなたがたすべてとともに いてくださいますように。 (新約聖書 ?テサロニケ3章16節)
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| 2026.08.10 |
バプテスマ 水に浸りて 感極む
2026.8.9 88歳のAさんのバプテスマ式(洗礼・浸礼式に 水(といっても約40度くらい)に これから、いよいよ浸かります。
「イエス様は、イエス様を 罪からの救い主として 信じたAさんに言われます。 『我が子よ、安心しなさい あなたの罪は赦された。』・・・」
令和8年8月9日88歳のバプテスマ もし1日ずれていたら 8が5つ並ぶ記念日
88年の長い人生を経て 主に身をゆだねた感動が 伝わります。
Aさんは 昨年末、 ほんものの神ささまは 人間を造られた 創造主であって
人間が造ったものは神ではないし 人間が造ったちっぽけなものに 神が宿るわけでもない 神は宇宙さえも創造された スケールの大きい方だと 知って
誰に言われることもなく ご自分で 工具で 壁の上に安置されていた 神棚を 取り外し 釧路市高山の粗大ごみ処理センターへ もちこみ処分されました。
イエス・キリストにつながって 古き自分は葬られたんだという ことをかみしめながら ザボンと浸され!
これからイエス・キリストとともに 新しいいのちに生きるんだということを 決意しながら ザバーッと起こされました。
バプテスマ(浸礼)に 先だって、Aさんは 救いのお証 (どのようにしてイエス様を信じるようになったかの体験談のこと) をされました。
周囲に立っている仲間は 同じセルグループ「まきびと」 のメンバーたち
私たちの教会では バプテスマを受けるにあたり あらかじめ どこかのセルグループに属して 祈り合う仲間たちとの 関係を築きます。
バプテスマを受けた後も それまでしてきたように 仲間たちとともに 主を見上げ合うことを ウイークリーに 行うようにしています。
「イエス様を信じてイエス様に従う」ということと 「仲間に加えられている」ことが 一体になっていることは 大切なことと考えます。
この日バプテスマを受けたAさん宅に 妻が夕飯に赤飯をたいてお持ちしましたら
Aさんは、たいそう喜んで 今朝、感謝のお礼にと 満面の笑みを浮かべて ケーキを どっさり買ってきてくれました。
なんと今日は 妻の第一子目の長男出産記念日でもあり ああ、神の家族って 互いに 与え合う素敵な 関係なんだなあと 主を讃えました。
あなたがたは真理に従うことによって、 たましいを清め、 偽りのない兄弟愛を 抱くようになったのですから、 きよい心で互いに熱く愛し合いなさい。 (旧約聖書 1ペテロ1章22節)
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| 2026.08.09 |
親弦を 摘んで我が身も 低くせん
庭に植えた キュウリが 収獲の時期を迎えました。
おかげさまで 毎日、新鮮なキュウリを いただいています。
キュウリの 歯ごたえが大好きです。 またキュウリの 瑞々しさも大好きです。
背伸びして 親弦を摘心しました。 もっともっと 伸ばしたいところですが
親弦を摘心しないと 親弦が 栄養分を吸い取ってしまい 子弦や孫弦の成長が 阻害されてしまうのだそうです。
人間社会と似ているなあと 思いました。
親弦に象徴される リーダーが 身を低くして へりくだることが そのコミュニティーを豊かにし繁栄に つながるのですね。
へりくだりと、 主を恐れることの報いは、 富と誉れといのち。 (旧約聖書 箴言22章4節)
リーダーたる親(高齢世代) がいつまでも 栄養分を必要以上に 吸い取り続けることで 子どもや孫(若年層)に栄養分が いきわたらなくとしたら
そのコミュニティにとって 大きな損失です。
親(上の世代)は 子どもたちや 孫たち(次の世代)の成長のために 蓄え流していくことが 大切なのですね。
それは家庭のみならず 次世代の成長と繁栄を願う あらゆるコミュニティーにも 共通のことでしょうね。
東京都は、チルドレン・ファーストの 政策を打ち出し 実践を始めたこともあってか 出生率が昨年よりも 上昇したそうです。
行政が、 婚活サイトまで作って 結婚の支援さえも 真剣に取り組んでいるそうです。
首長さんの ビジョンが反映されているそうです。
財源の規模が違うとはいえ 釧路市も、そのような自治体の 良い例を参考にして 知恵を出し合えると いいですね。
私も、釧路市の首長さんに そのことを クローズド型SNSで 提案させていただいています。
パブリックコメント と言う方法もありますが
東京都の例にもあるように 首長さんの心に 強いビジョンが 与えられるかどうかが 重要な鍵かなあと思います。
教会でも 次世代が 成長するために
上の世代の者たちが ひと肌も 二肌も脱いで 「親弦摘心」の覚悟が 大切だなあと
キュウリを眺めながら 痛感させられました。
親弦を摘心した後は 追肥が必要だそうですから
摘心したからといって 油断はできません。 やることは絶えずあるのですね。
摘心そのものが目的ではなくて より良き実りのために 成長の方向性を 変えることが目的なのですね。
キュウリの栽培を通して キュウリを創造された創造主なる 神様のご計画に思いをはせつつ
自らの生き方を 吟味させていただくことが できて感謝しています。
私は、あなたがたのところに 三度目の訪問をする準備ができていますが、 あなたがたに負担はかけません。 私が求めているのは、 あなたがたが持っている物ではなく、 あなたがた自身なのです。 子が親のために蓄える必要はなく、 親が子のために蓄えるべきです。 (新約聖書 ?コリント書12:14)
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| 2026.08.08 |
孫来たる 日を楽しみに 下見かな
妻のパート休みの日に 別保公園へ行きました。
私は、冷えたお蕎麦を注文しました。 大葉、大根おろし、梅、かきあげなどの トッピングがついていました。
地元の食材 麺は、半透明の昆布麺で、 蕎麦のイメージを越えた ユニークで美味しい味です。
別保公園に来た主たる目的は、 今月末に 猛暑の埼玉からやってくる1歳半の孫を 連れてくるのに 適しているかどうか 下見のためでした。
昔(約30年前の息子たちが幼い頃)よりも 遊具が新しくなったよう
息子たちの 少年時代は よく、この別保公園で 野球ごっこしたり サッカーごっこしたなあ
野球ごっこでは 私がピッチャー兼 野手で 一人8役だったなあ
息子は 遠慮しないでフルスイング
息子が打った球が 私の頭上はるか越えて 後方に 落ちると 「取りに行くのが大変だなあ」 という思いにはるかにまさって
「ずいぶんと遠くまで飛ばして たくましくなったなあ 成長したもんだなあ」 という嬉しい思いに駆られて
とにかく汗だくで 走りまくったもんでした。
懐かしさが よみがえります。
息子たちとの 思い出が詰まっている公園 でもあります。
お水遊びもできそう おぼれる心配もなさそう
孫との 思い出の場所に なるかもしれない。
これは、さすがに1歳半の孫には 無理でしょうねえ。
「じ〜じがやるから見ててね」と言って
孫に見せたら
どんな反応をするかな?
この日は 気温が20度くらいで 蚊も出ないくらいの涼しさで 快適でした。
そうそう、 孫が来たときは 虫よけスプレー持って行こう
孫を痒がらせる 虫は寄せ付けないぞ!と 来る前から 意気込むじーじでした。
再び、エルサレムの広場に、 老いた男、老いた女が座り、 みな長寿で手に杖を持つ。 子どもたちはその広場で遊ぶ。 (旧約聖書 ゼカリヤ書8章4〜5節)
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| 2026.08.07 |
マイペット 洗礼待つ槽 主への香
2026.8.5 まきびとセルのメンバーで バプテスマ槽(洗礼槽) の清掃作業中です。
マイペットの出番です。
同じグループにお集いのAさん(88歳) が、いよいよ来週8月9日に このバプテスマ槽(洗礼槽)に張られた 水(ぬるま湯)に 全身浸かります。
「俺、一人だけのために こんなに お湯使わせてしまうなんて なんか、申し訳ないなあ。」 と笑顔で仰っていました。
イエス様は 私たちたった一人のために 十字架で血を流して いのちを差し出すことを 惜しみませんでした。
まして、私たちは イエス様がいのちをかけられた 一人の魂のために 何を惜しむ必要が あるでしょう。
私たちは、 イエス・キリストを 自分の罪からの救い主として 心で信じて口で告白して 救われます。
そして 信じた者は 信じた証として バプテスマ(洗礼)を受けます。
イエス様を信じる人どうしは イエス様が 十字架で流された血潮によって つながった 神の家族 兄弟、姉妹の一人と されます。
洗礼式(バプテスマ式)は 「聖餐式」(パンさき))とならぶ イエス様が行うように命じられた 二つの儀式の内の一つです。
厳粛なひと時 そして 歓喜のひと時です。
今の時期は 釧路、根室地方の あちこちで 「祭り」が行われていますが 最大の祭りは なんといっても 天地創造の唯一の神を 讃える礼拝 というお祭りに ほかなりません。 ましてバプテスマ式と聖餐式(パンさき)が 組み込まれていれば これ以上の 喜びはありません。
今から25年以上も前の夏 ある小さな町の教会の 日曜礼拝に 出席しようと思って 前日の土曜日に その教会に 礼拝時刻の確認のお電話をしたところ 「明日は町のお祭りなので 礼拝はお休みとなります。」
と言う返答を聞いて 天地がひっくり返るほど 驚きました。
内心「逆だろうが!」と叫びました。 天地万物の創造主を礼拝する「祭り」 は それ以外のすべてのイベント 祭りにまさる感動と感激と躍動感が 満ちているはずです。
マイペットの洗剤の香りが 洗礼を待つ槽の 主への祈りの香のように 感じられました。
神はいつでも、私たちをキリストによる凱旋の行列に加え、 私たちを通してキリストを知る知識の香りを、 いたるところで放ってくださいます。 滅びる人々の中でも、 神に献げられた芳しいキリストの香りなのです。 (新約聖書 ?コリント書2:24〜15)
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| 2026.08.06 |
火力燃え 釧路の灯火 消さない主
2026.8.5 釧路保護司会 春採分区さんと 桜ヶ岡分区の合同視察研修が 釧路火力発電所で 行われました。
この事業所は 釧路更生保護の働きのために ご支援くださっています。
副所長さんが わかりやすく 火力発電所の概要について ご説明くださいました。
8月は1年で最も 電気関係での 火災が多いそうです。 暑くて汗(水分に塩分が含んでいる) をかいた手でコンセントを 触って、感電したり 発火したりするケースが多いそうです。
説明後には
施設内を 巡回させていただきました。
燃料受入棟 石炭だけかと思ったら バイオマス(30%)も燃料として 用いられているそうです。
合計1日約100台もの トラックが 燃料を運び込んでいます。 石炭は、コールマインから バイオマスは釧路西港から
石炭やバイオマス燃料を 一時貯蔵し、 ボイラーへ送る 「燃料供給設備」
絶えず燃やし続けるために
信仰生活でも イエス様の愛に燃やされて 伝道し続けるために いつも聖霊に満たされている必要が ありますね。
「騒音監視装置」 1週間に2回くらい 工場が出す 騒音や、振動について 市民からの問い合わせや クレームが 入るそうです。
ちなみに66.9dBとは 交通量の多い道路沿いや 数メートル離れたところにある 掃除機音に相当するそうです。
ちなみに私たちの教会堂は、
釧路火力発電所のボイラーは、 安定した電力供給を続けるために 24時間休むことなく稼働(燃焼を継続) しているとのことです。
聖書の言葉を 思い出しました。
それを消してはならない。 祭司は朝ごとに、その上に薪をくべ、 その上に全焼のささげ物を整え、 その上で交わりのいけにえの脂肪を焼いて煙にする。 燃え続けさせなければならない。 消してはならない。 (旧約聖書 レビ記6章12節)
(新約聖書 1テサロニケ書5章19節)
聖霊に満たされることを通して キリストから受けた愛の炎を 燃やし続けさせていただきたいですね。 四六時中
くすぶる灯芯を消すこともない。 さばきを勝利に導くまで。 (新約聖書 マタイの福音書12章20節)
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| 2026.08.05 |
刑務所を 揺さぶるイエス 今もなお
2026.8.4 今月の釧路刑務支所での 釧路キリスト福音館の 熱気に満ちた集合教誨
1時間の予定の教誨ですが 移動時間が含まれてしまい 正味50分 それが3分ほどに感じられます。
参加者は 先月同様10名 感謝です。
いくら受刑者が 願薦を出しても 素行、態度が悪いと 出席が認められなくなる それが 「宗教教誨」です。
今日は4名の方が 最後のお祈りの時に イエス様を信じたいと 手を挙げられました。 ハレルヤ!
先月に続いて ヨハネの福音書3章16節から 学んでいますが
今日は、冒頭に キリスト教や聖書、教会等についての 質問をお尋ねしましたら 手がどどっと上がり 質問が出るわ出るわの 熱意爆発
鋭い質問が 多々出されて 皆さんの関心、興味の大きさをうかがい知ることができて 興奮させられました。
いわゆる「聖母マリヤ」について 『ゆるし』が悪用されないか、について 『赦し』についての他言語や原語のニュアンスについて 胸の前で、十字を切る儀式について レコンキスタと十字軍について 等
十字軍は ともかく 「レコンキスタ」という懐かしい 言葉を聞いて 受刑者の方々の 世界史の知識の深さに 驚きました。
結局、質問に対する応答で 時間切れとなりましたが 応答の中で イエスキリストの十字架と復活の話や 天国地獄の話も分かち合うことができたのに加えて
「釧路刑務支所を 出所されて 熊本地震の被災地支援に 行かれて 一生懸命 苦しむ人々の傍らで 寄り添っておられる 皆さんの先輩が おられるんですよ!」
と申し上げましたら 皆さん、励まされたようで 「俺らも、こんなところにいちゃいけない」 という思いが満ちた 目を輝かせて 応答されていました。
毎回、信仰決心と 信仰告白の お祈りのときをもち この日も4人の方が挙手をされて 告白されました。
やがて 洗礼決心者 献身決心者も 起こされますように
近年、出所された方は 近々 海外の神学校で学ぶことが 予定されています。
釧路刑務支所で キリストの福音に触れている 10名すべての方が 救われるだけでなく できれば刑務所内で 洗礼を受けて 出所する時には 娑婆の世界に 献身者、伝道者として 派遣されることを願っています!
釧路刑務支所の現在の被収容者が 約180名とすれば 10名がイエス様を信じて クリスチャンになれば 全体の6%がクリスチャンとなるわけで 刑務所内の雰囲気が 大きく変わることは 間違いありません。
その結果 刑務官の方々も 生けるキリストの働きに驚嘆し 刑務官の方々も 救いに導かれ 主の栄光が現われ リバイバルがもたらされる ことでしょう!
今は そんなビジョンを 描きながら 教誨に 臨ませていただいています。
今、一か月のスケジュールの中で 最も わくわくする時間帯と言えば この「宗教教誨」の時間 かもしれません。
イエス様のダイナミックな 御働きが じんじんと 伝わってくるだけに!
牢獄の土台が揺れ動き、 たちまち扉が全部開いて、 すべての囚人の鎖が外れてしまった。 (新約聖書 使徒の働き16章26節)
約2000年前 新約聖書に出てくる ピリピの町にあった牢獄の土台を 揺れ動かされた イエス様が 釧路刑務支所を揺れ動かして くださると 期待しています!
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| 2026.08.04 |
夕焼けの 空も痛まし 友の傷
2026.8.3 昨夕、ご近所のAさん宅を訪問しました。 Aさんは お怪我をされて 病院で点滴や治療を受けて 患部が青紫色に腫れて 包帯がまかれて 痛々しかったです。 患部に静かに 手を当てて 癒しのお祈りをさせていただきました。
玄関を出ましたら 西の空が青紫色に 色づいていました。 その夕焼けの色が あたかも Aさんの患部の腫れを 象徴するかのように思えて ふだんはきれいな夕焼け空だなあと 思うところ
昨夕に限っては 痛々しい夕焼け空だなあと 思いました。
今年の釧路の夏は 今のところ 最高気温も20度前後で推移していて とても過ごしやすく 蚊に食われて 悩まされることも 今のところはなく 夜は熟睡出来て 助けられています。
今朝の釧路新聞のコラム「余塵」の 末尾で 社長さんが 熊本地震の被災地で「避難所に身を寄せて 不自由な生活を強いられている方々を 釧路、根室地域で受け入れられないだろうか。」 と語られていましたが まさに、同感です。
痛々しさの中で 夜も眠れず 渇きと空腹と 暑さと異臭と恐怖に 覆われた中で 疲弊されている 被災地の皆様の上に 愛に満ちた 主イエスのご介入が ありますように。
釧路根室管内の 気温が低いのは 海域も同様で 今年は道東海域の水温が低いために 漁場形成が遅れて マイワシ漁獲ゼロの状況だそうです。
私たち人間は 自然界の前に そしてその自然界を 支配しておられる 創造主の前に 無力であることを 痛感させられます。
私たち人間は この創造主の前に もっともっと 身を低くして 仕えていきたいものです。
まことに御怒りは束の間 いのちは恩寵のうちにある。 夕暮れには涙が宿っても 朝明けには喜びの叫びがある。 (旧約聖書 詩篇30篇5節)
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| 2026.08.03 |
夏祭り 人の群れ見て 微笑みて
先週土曜日 釧路市益浦のスーパーへ 電池を買い求めに参りましたら 臨時駐車場に びっしりと車があり 「夏祭り」が行われていました。
人口減の釧路とはいえ 「こんなに人はいるんだ」 久しぶりに 群衆を見ました。
キッチンカーが14台も 出ていました。
私が通りかかった時間帯は ちょうど大抽選会の最中でした。 200円の 抽選券は4時間で3000枚販売予定でしたが なんと50分で完売 お一人様5枚まで購入できるそう。
タラバガニを なんと2箱分 当てた方が 満面の笑みで 喜んでおられました。
「ヤマの灯を消すな!」 ということばを 見ながら 聖句を思い出していました。
御霊を消してはいけません。 (新約聖書 1テサロニケ5:19)
キリスト者は キリストを信じたときから 内にいただいている 救霊の熱い炎を 消してはいけない!
聖書の民は 日本人と同様 「祭り」を大切にする民族ですね。
教会で 釧路市民が 感動、感激するような お祭りができたらと 思いました。
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| 2026.08.02 |
散歩道 花壇ほほえみ 足軽し
ご近所を散歩中 綺麗な花壇を見ると 思わず足を止めて 見入ってしまいます。
こういう風に アレンジすると 綺麗に目に映えるんだなあと 思いました。
釧路市桜ヶ岡の路上
こういうところを 歩くと 不思議と 足取りが軽くなります。
先日は、この家の 奥様が お庭におられたので
「綺麗なお花を見させていただき、 通るたびに 楽しませていただいています。 ありがとうございます。」
とお伝えしましたら たいそう喜んでくださいました。
花を見るたび 創造主なる神様の優しが ひしひしと 伝わってまいります。
彼らは主の家に植えられ 私たちの神の大庭で花を咲かせます。 (旧約聖書 詩篇92篇13節)
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| 2026.08.01 |
学び終え 山菜蕎麦の 昼餉かな
2026.7.27 標茶イエスキリスト教会での 聖書学び会後の ランチタイム 今月のメニューは 「山菜そば」 ものすごく量が多くて 驚きましたが イエス様の愛が たくさん詰まって 満ち溢れている 美味しいお蕎麦でした。
標茶原野を眺めながら 聖書のみことばを 味わう恵みは筆舌に尽くしがたい ものがあります。
聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、 私たちに、そして主に倣う者になりました。 (新約聖書 1テサロニケ1章6節)
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| 2026.07.31 |
サマキャンへ 子らを送りて 祈り満つ
2026.7.30 午前7時 私たちの教会のGキッズの おともだちが 札幌キリスト福音館主催の エンジェルキッズサマーキャンプ (札幌市南区滝野:札幌市青少年山の家)へ 合流させていただくべく 出発式を行いました。
目を輝かせて 期待にあふれる 三人衆
川の流れを変えたらしい!?
この経験を活かし 釧路川の流れも・・・
みんなで歌って、踊って 笑って、頬張って イエスさまのすばらしさを みんなで 体験しているよう
イエス様は、 おともだちといっしょに過ごせる キャンプが大好き
「子どもたちを来させなさい。 わたしのところに来るのを邪魔してはいけません。 天の御国はこのような者たちのものなのです。」 (新約聖書 マタイの福音書19章14節)
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