北海道釧路発 neoおやじの日々 - 記事一覧
http://blog.livedoor.jp/neo310h/
| 発行日時 | 見出し |
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| 2026.04.25 |
住むところが無くなりそう
死別者となり 強い悲嘆状態にある期間 死別後半年~1年程度は 重大な決断を避けるべき とグリーフケア関連の書籍を読み学びました 確かに自分を振り返っても 妻が亡くなってから半年程度はパニック状態でしたので その学びは正しいと感じています 妻が亡くなり間もなくのパニック状態の時に 妻と暮らした現住居は一人暮らしには大きな間取りですし 家賃もそれなりで 一人暮らしに適した間取り・家賃の住居に転居しようと考え 不動産屋さんに何件か内見を依頼しました その際は ここだ という物件は無く 今にして思えばそれが幸いで パニック状態のまま急いで転居しなくて良かったかもしれません ーーーーー 昨年6月26日 住居駐車場の車中で妻は倒れ 救急搬送されました 今年の6月26日を迎える際に現住居のままであれば その記憶が鮮明に蘇り悲嘆は強くなるだろうと考え その日を迎える前の転居を検討し 何となくネットで物件検索をしていました この3~4月は引っ越しシーズンなので ここだ という物件が出て来ないかとネット検索しておりましたが 結局は出て来ず 次に物件の動きが活発になるのは9~10月か または来年の3~4月になるか そんな中 妻が倒れた6月26日も 妻が亡くなった8月12日も 妻の思い出と共に現住居で悲嘆に向き合おうかと 最近は考えるようになりつつありました 現住居は リビング・ダイニング・キッチン の他に 4.5畳ほどの部屋が2つ 3畳ほどの部屋が1つ あります 隣り合った4.5畳の部屋をそれぞれの寝室とし 会話も出来るように就寝時にはドアを開け放ち 寝息も聞こえるようにしてきました 妻が倒れ まだ回復して退院できると見込まれていた頃 洗濯機に入っていた洗濯待ちの衣類と 妻が倒れた際に着ていた衣類と 洗濯し畳みましたが タンス・チェストのどこに収納するか分からなかったので 妻が退院してから妻に聞いて収納しようと 妻の寝室の隅に置いておきました また 妻の寝具(タオルやタオルケットなど)も洗濯し ベッドを寄せてベッド下などを掃除して マットも干して畳み 妻が退院してから布団を敷こうと準備していました 妻の寝室には 畳まれた妻の衣類と布団が今もそのままで 手を付ける事が出来ずにいます 転居までは手を付ける事は出来ないだろう 手を付ければ 妻との思い出 辛く苦しい記憶 が蘇り 生きる意味を再び見失うかもしれない そう考えていました ーーーーー 職場の近くに 様々な条件がおっさんの希望と一致しているマンションの一部屋があり そこが空室になるなら転居しても良いかなと考え 不動産屋さんに空室になったら連絡して欲しいと伝えていて ただ そのピンポイントの一室が都合よく空室になるはずもなく 4月も下旬となりました 現住居で妻の思い出と共に暮らそうと考えました しかし昨日 不動産屋さんから そのピンポイントの一室が空室になった と連絡が有ったのです こんな偶然 有るんですね 昨日のうちに不動産屋さんには内見の希望を伝えました が 妻の思い出と共に暮らそう と考え始めて間もなくの出来事で 転居するか否か逡巡しました 今朝になっても どうすべきか逡巡したまま仕事が始まり お昼頃訪れたお客様との会話の中で もちろん解決して欲しい等とは考えずに 何気なくその話をしました するとお客様は 希望の条件と合致するピンポイントの一室がこのタイミングで空室になった事に対し 「なにかの巡り合わせじゃないですか?」 と話されました 確かに 賃貸住居探しをこれまで何度もしてきましたが 住居探しは「どこまで妥協するか」という思考が必要で 希望の物件が都合よく空室になった事は皆無で 巡り合わせという言葉が心の中にスーッと入ってきた感覚が有り その物件に転居する事を決めました 決断に至る言葉を下さったお客様に感謝です ーーーーー 先ほど内見しましたが やはり希望通りの物件でした 不動産屋さんに申し込む旨を伝えました 現住居を片付ける際には 悲嘆と向き合う覚悟が必要だと考えました しかし転居には大きなハードルがありました 緊急時連絡先が必要との事でした (孤独死していた時などの連絡先) 条件は血縁のある70歳未満の方が望ましいとの事でした その条件を満たす人はおっさんにはいません 父親は80代 母親は80代だし行方不明だし 姉も行方不明ですし 血縁の有る親戚は全て秋田で付き合いは無いし 今までも賃貸住宅を借りる際には緊急時連絡先が必要でした 今の住居を契約する際は血縁という条件は無かったので札幌の友人にお願いしました それでOKでした しかし今回は血縁という条件付き。。。 不動産屋さんは80代のお父さんでやってみましょうか と一応チャレンジして下さるそうですが 無理っぽいですよね 思わぬ落とし穴 これは転居するとして かなり選択肢は狭まりそうです 希望の条件とか言ってられないですね 人付き合いを最小限にしてきて それでダメなら自業自得ですが 血縁者に関しては自力ではどうにもならず 住むところが無くなりそうで このまま一人で生きていく自信が無くなりました にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.04.23 |
もう名称は決めました
休日の今日 図書館に来ておりますが 60~70代くらいのオジサン二人が揉めて なにやら言い合いをしておりました 内容は分かりませんでしたが 一方の男性の元には図書館の館長が訪れ なにやら話しておりました 面倒なトラブルには巻き込まれたくないものです ーーーーー 死別者のグリーフ サポート・ケア これらをこの地で始めることを決意しました 休日の今日 図書館でグリーフサポート・ケアを学びつつ どの様に場を作るか検討しておりました 大雑把ではありますが場の形を決めました 悲嘆の体験を語る場(自助グループ) グリーフサポート 悲嘆をケアする場 グリーフケア この2つを作ります モチベーションが高いうちにHP作りを始めなければと 少々の焦りもありますが 業者に外注すれば数十万円ですからね HP作成は デザイン的に劣ってもHPは自作です 労力は掛けますが ボランティアですからお金は掛けません HPの周知も 基本無料のSNSで行います これもお金は掛けません まずは体験談を語るグリーフサポート・自助グループ作りです 最初は1名でも参加していただければそれで良いのです むしろ 大々的に周知して最初から参加者が多くなることは危険です おっさんも対応が困難になりますし 限られた時間の中で参加者全員が十分に体験談を語ることが出来なければ 不満を抱えてしまうでしょうし おっさんは起業当初、失敗しています 完成形を作ってから始める という思考に凝り固まっていたからです 起業セミナーなんかでは 失敗する典型例などで紹介されそうです 成功する人は リスク管理をしつつ 不完全でも行動する これです 来週あたりの休日は HP作りに取り掛かろうと思います まず最低限の形になったら 次にSNSのアカウントづくりですね SNSで人が集まらなければ SNS以外にも周知方法を想定しているので そちらを進めることになりそうです ちなみに 集いの名称はもう決めました HPが完成したらここでも周知します ーーーーー 妻の死を認めたくなく逃げておりましたが グリーフケアワークショップ参加後 毎日妻の遺骨に向かってお祈りするようになりました 妻に語り掛けながら 時には死別後間もない悲嘆が蘇り 号泣してしまうこともありますが 今は悲嘆から逃げずに向き合うべき時期です 悲嘆を乗り越えることは出来ませんが なんとか向き合っていきたいと思います グリーフサポート 自助グループを作ることで 誰かの支えになるでしょうし おっさんも誰かに支えていただけます 何度も繰り返しになりますが 死別者の悲嘆は同じ経験をした者しか理解できません 少なくともおっさんには同じ経験をした者たちのコミュニティは必要です にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.04.20 |
せめて遺族が望む結果になって欲しい
昨日 高齢女性とお話しする機会が有りました その方は50年ほど前にお子さんを亡くされたそうで 50年経っても いまだに思い出すと涙が流れる事が有る と話しました 祖父・祖母・両親を亡くされており 亡くなった後に悲しみは有ったけど お子さんの死の悲嘆とは全く異なる とも話していました お子さんを亡くして真の悲嘆を経験されている事が伺えました ただ 50年前の出来事で涙を流すと 周囲は悲嘆を理解できずに困惑するそうで 後から泣いてしまったと後悔する事も有るそうです おっさんが死別者の分かち合いの場を作る事を話すと 「そういう場(死別の話をして涙を流す場)が有ると良いね」 「お父さん(夫)が死んだらお願いしたい」 と話しました 50年経っても涙を流しているエピソードを聞き やはり 「悲嘆は乗り越えるのではなく慣れるもの」 という専門家の言葉は正しいのですね グリーフケア提供側の体験談が記された書籍にも 55歳で妻を亡くした方が 25年経って80歳になってから 分かち合いの場に通うようになったエピソードが書かれていました ーーーーー 死別者の悲嘆は 周囲で人が亡くなったりするなどの 悲しい出来事により強くなることが有るそうです 周囲の方では無いですが ある事故によりお子さんを亡くされた方の動画を視聴して おっさんの悲嘆も強くなった経験を数日前にしました 7:33過ぎ 亡くなられたお子さんのご冥福をお祈りいたします お母さんはお子さんに呼ばれている様な気がして お子さんが亡くなられた時に着ていた衣類を身につけて 亡くなった現場に行き お子さんが乗船した船を見たそうです その際の動画です 泣きながら 「どこに引っかかってたん」 「こわかったね」 と語り掛けるお母さんの言葉 妻を亡くす前のおっさんなら その辛苦が理解できなかったでしょうが 今ならその気持ちが痛いほどに伝わってきます 「こわかったね」 という言葉 事故により亡くなられたお子さんの事を思うと涙が流れ また 死を突き付けられ 恐怖を感じたであろう妻を思うと 涙が止まりませんでした お母さんは強い自責の念と後悔があるようで SNSにはその事も書かれておりました おっさんもまた同じように 強い自責の念と後悔が有り この動画を視聴した事により それが蘇ってきました 悲嘆が強くなった経験です その後 この事故に関して 事故に至った経緯を知ると 怒りがこみ上げてきました 2つの政党 宗教団体 学校法人 これらが絡み合い 自らの主張のために子供たちを利用し そして事故に巻き込んだ しかも 杜撰な安全管理で 事業者としても登録すらしていなかった オールドメディアは 同じ立場・思想である仲間のために 殆ど報道しません 亡くなられた方 遺族 を思うと 怒りしかない 子供たちを事故に巻き込んだ団体の活動家は 事故後のインタビューで 亡くなった子も天国で基地建設の反対を望んでいるだろう といった内容の返答をしていました 常軌を逸しています せめて 全貌が解明され 遺族が望む結果になることを強く願います 残念なのは この事故におっさんが学び始めた宗教のある団体が関係している事です (もちろんおっさんが通う教会とは無関係ですが) なぜその宗教団体が関与しているのか違和感を感じざるを得ませんでした 信者がみな同じように思われる事が無いように願いたいです にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.04.19 |
学びで変わる
おっさんの店舗は雑居ビルに入居しているのですが 昨日20時過ぎ 職場から帰ろうとビルの階段を降りていると 警察官が二名、階段を昇ってきました 何事かと思い 「何か有ったのですか?」 と警察官に聞くと 認知症高齢者の行方が分からなくなっており ビル周辺で目撃情報が有ったとかで ビル内の見回りをしていたとの事でした 服装の特徴を伝えられたので 「見かけたら警察に連絡します」 と伝えてビル出口に向かいました ビル出口で おっさんの店舗のセキュリティ装置を作動させましたが 不特定の顧客が訪れるテナントの中では最後の退出となったため 正面出入口のシャッターを閉める必要がありました (入居者内の取り決めが有るのです) 正面出入口前には警察官が乗ってきたパトカーが駐車していました 正面出入口のシャッターを閉めるため 裏の通用口から出て頂かなければならない事を警察官に伝える必要が生じたため 階段を昇り警察官を探し その旨お伝えしました また階段を降りてビルから出ようとした時に ビルには地下も有るのですが、地下に行くと警報装置が作動する事を思い出し 警察官が地下に向かえば面倒な事になりそうだと思い 再び階段を昇って警察官を探し その旨お伝えしました 警察官はビル内のチェックを終えた後だったので そのまま警察官を裏の通用口まで案内しました 何度も階段を昇り降りし 良い運動になりました ビルを出てから ビル周辺を見まわしましたが 高齢者は見当たらず まだ夜は寒いですし 無事に保護されていると良いのですが ーーーーー 2ヶ月ほど前から 左肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)になりました 2~3週前から 左足底筋膜炎になりました おっさんの仕事は そのような方々に施術をし 再発予防の運動指導も行うのですが 顧客に指導する立場でありながら こんな有様になってしまいました ただ ありがたいことに治療の術は知っているので セルフケアにより術を知らない方よりは早期に改善してきております 顧客からは じゃあセルフケアの方法を教えてよ と言われそうですが 解剖学的知識などが無く形だけ真似しても効果は乏しいので やはり施術+運動指導が必要になるのです 何故だか分かりませんが 妻が亡くなる前なら二日酔いになったような酒量を呑んでも 二日酔いにならなくなりました なので酒量は増え グリーフ(悲嘆)の体験談が書かれた書籍を読むと 同じように妻を亡くした方が酒量が増え よく身体を壊さなかった と述懐していました 悲嘆を抱えると 心身に異変が起こるのは間違いなく 何か理由が有るのかもしれません 前々回くらいの投稿で 笑えなくなった 頑張っても愛想笑いまで と書きました その愛想笑いですが 「ははははっ!」 と声を出せている事に気付きました これなら周囲を不快にさせていないかもしれず 一安心 きっと妻の話をしない限りは 妻の死から時間も経っているし立ち直ったんだね と思ってもらえそうです 死別者の悲嘆は 同じ経験をした方で無ければ分かりません おっさんもそうでした 身近な人が亡くなり 悲しみは有っても悲嘆ではなく 妻の死によって悲嘆を経験したのです 経験しなければ分かりようがない それが死別者の悲嘆です この悲嘆を 未経験の人に理解・共感して欲しい などというのはこちらのエゴになってしまうのでしょう 周囲の無理解も止むを得ない事 と思えるようになりました おっさんの悲嘆を否定し 「天国の奥さんはそんな姿を望んでいない」 と話した方が「真の悲嘆」を経験した時に 手を差し伸べる事が出来れば良いなぁ と今は思えます (もちろん、悲嘆を経験せずに済むならそれに越したことはありませんが) グリーフケアを学び たった数日前にその様に考え方が変化しました 学びが自分を変えてくれます にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.04.18 |
分かち合いの場を作る宣言
時折、妻の夢をみます 特にここ2~3ヶ月は頻度が多くなりました 内容は殆どが何気ない日常の光景です 夢の中でも妻が亡くなった事を認識しているのに 妻が現れ 喜んでいる最中に目が覚めてしまった事も有ります 夢は必ず朝方の目が覚める直前で 目が覚めて妻がいない事に気付き 涙を流しています 夢でも良いから会いたいのに 全く夢に出て来ない という方もいらっしゃるようで グリーフケアワークショップでその様に話す方がいました どちらにしても 辛いのは変わりなく。。。 ーーーーー 1年に数回だけ来られるお客様がいらっしゃいます 本日、久々に来られました カルテを確認すると昨年来られたのは 妻が亡くなる前日と亡くなって5日目に仕事再開した日付となっていました その日付を見た瞬間 妻との最後の日々の記憶が蘇り 言葉に詰まり 言葉を発すれば涙がこぼれそうになり 慌てて脳内の記憶をかき消しました グリーフケアを学び 思い出深い日になると(命日など) 悲嘆は強くなる という研究結果が有る事を知りました ーーーーー 死別者に必要なグリーフケア・グリーフサポート 妻の死に報いる事になると思い この地で始めようと考えております 先月の段階で やる と決めていて だからこそ東京までグリーフケアを受けに行ったのですが まだまだ心理的には不安定である事を自覚していて どなたがアクセスして下さっているか分からないブログとはいえグリーフケアを始めると宣言することで自分自身にプレッシャーを掛けたくないと考えましたが 妻のためにやらなければならない との思いが日々強くなっているので やると宣言して退路を断とうと思いました まずは死別者が集う分かち合いの場作りから HPを作り SNSのアカウントを作り 細々とでも始めて行こうと思います 妻の一周忌までには形に出来るようにしたいです ありがたいことに グリーフケア関連の投稿をする様になって ブログへの訪問者が増えてきています 最近は多い日には50名ほどブログにアクセスして下さっています もし読者様の中で道東や釧路周辺に居住している死別者で分かち合いの集いに興味が有る方がいらっしゃるなら ぜひコメントを下さい 非公開希望ならその旨記載して頂ければコメントは非公開とします 実はこのブログ 4年半前までは政治や社会問題についての投稿が殆どで 毎日100以上のアクセスが有ったのです 多い日には300を超える事も有りました 諸々あって過去の投稿は非公開として現在に至っておりますが 久々にアクセスが50を超え ありがたいです にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.04.17 |
信仰的劣等生
疲労感が続いておりましたが 休日だった昨日 予定をキャンセルしてのんびり過ごしました 図書館に行ったり 知人の飲食店に行ったり 図書館には視聴覚ブースが有り 久々に映画を観ました 周囲の目が気にならないような作りになっているので 映画に集中できるかと思いましたが 眠気に襲われ あまり集中できず 昨日 知人などとの会話を通して 笑えない 事に気付きました 冗談話に笑顔で反応しようとしても出来ない 頑張っても愛想笑いまで 失礼だから反応しなきゃ と思っても思い通りにいかず 振り返ると 妻が亡くなってから ずっとそうだったかもしれません きっと周囲を不快にさせてきたのでしょう でも頑張っても今は愛想笑いまでしか出来ない 妻もおっさんもお笑いが好きで youtube・TVerなんかで一緒に視聴していたお笑い番組も 全く視聴しなくなっています それまではyoutubeにアクセスすれば 落語をはじめお笑い動画が表示されておりましたが 今は一切表示されておりません ーーーーー キリスト教の教会に通わせて頂くようになり 数ヶ月経ちました キリスト教徒の方々を見ると 自己肯定感が(比較的)高く 無駄な自尊心に縛られていない と思います どの様な自分であっても 人にどの様に見られていても 神に愛されている という確信が有るからでしょう 特に 外国人と比較すると日本人は自己肯定感が低いと思われますが キリスト教徒の嫌味の無い純粋な自己肯定感の高さは 良いなぁ と思います 自己肯定感が高いからこそ 他者に対して謙虚になれる 質素の中に自信が見える 以前の投稿で書きましたが 2週間ほど前に洗礼という儀式を見学しました 1名はおっさんと同世代で おっさんよりも後に教会に通うようになった方Aさんです すでにAさんは神を信じたという事です 神に愛されている確信も持てたのでしょう Aさんに幸あれ! と思うとともに 如何に自分が信仰の世界では劣等生なのか ということを思い知っています (信仰以外も劣等生ですが) 神に愛されているどころか 神や聖霊の存在も感じる事は出来ません おっさんと同時期に教会に通い始めた おっさんよりもかなり年上の方も 洗礼の準備中です 自己肯定感が高まるどころか ただでさえ低い自己肯定感が更に低くなり 自分で自分が嫌になってきています 教会の方々にも 甲斐が無く申し訳ない気持ちです にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.04.16 |
諦めと安堵
なかなかに タイトなスケジュールでの東京日帰りは身体に負担になった様です 今朝はまだマシでしたが昨夜は結構な疲労を感じました 50代も中盤になり 老いを実感する日々です ーーーーー 前回の投稿に書いた グリーフケアの第一人者の 死別者の誰もが経験する 「人生の虚しさ」 という言葉 何に対する虚しさなのか おっさんは著者が読み手に委ねているのだと読解しました おっさんが思う虚しさは 死別は「乗り越えるのではなく慣れるもの」と著者が言うように 大切な人の死による悲嘆は生涯に渡り付き合っていくものである という虚しさ なのではないかと考えました 慣れてはいくものの乗り越えることは出来ない そして人生の虚しさを経験する 自身も死別者となり その後20年以上もグリーフケアを研究・実践した著者の結論である言葉を目の当たりにし 当初は 乗り越えることは出来ないのだと 諦め を感じるような気持ちになりましたが その後 安堵 を感じるようになりました 悲嘆反応は様々ですが 亡くなった大切な人を差し置いて自分だけ幸せになってはいけない いつまでも亡くなった大切な人の辛苦に寄り添い続けるべき といった反応もあります おっさんがまさにそうです この辛く苦しい思いがいつまで続くのだろう 悲嘆から解放されたい とは考えました だからと言って 妻の死を乗り越え 前向きに生きて幸せになろう とは考えませんでした なので 著者の言葉から 悲嘆から解放されない事を知り 諦めを感じ でも悲嘆を乗り越えることは出来ない という事は 生涯、妻の死に寄り添い続ける という事で それに対しては安堵を感じたわけで 6月にグリーフケアアドバイザー養成講座に参加します 著者も講師として来られるのであれば 「人生の虚しさ」 について機会があれば質問してみようと思います にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.04.14 |
人生の虚しさ
東京でのグリーフケアワークショップへ タイトなスケジュールで参加しました 当日~翌日の午前中はあまり疲労を感じておりませんでしたが それ以降現在に至るまで そこそこの疲労を感じております 歳でしょうか 遅れて疲労がやってきたようです 6月のグリーフケアアドバイザー養成講座に参加する際は 今回よりも、きつめの移動スケジュールとなるので それなりの覚悟が必要になりそうです ーーーーー 昨日の投稿で 死別経験者には2つの場が必要と感じた と記しました 一つはケアの場 もう一つは分かち合いの場 ケアの場は頻回に参加する必要はなさそうです 実際に、ワークショップ終了後にスタッフから 次回は1年後などを目途に参加してみては? とのご助言を頂きましたし 一度のみの参加者も多いようです 分かち合いの場について これは例えば1~2週間ごと?に定期開催されている必要があるように感じました 特に自身の経過を振り返っても 妻が亡くなって間もない頃に、その様な場が有れば良かったと感じています 自身が開催側として考えるなら 分かち合いの場については、早期に実施できそうです ルール作りは必要ですが 特別な経験や知識までは要求される事は無さそうです (ある程度の知識はもちろん必要ですが) 全国には多くの分かち合いの場がありそうですので 一度、見学に行ってみたいと考えております ケアの場については、それなりの知識・経験が求められると思います 幸いにして医療職であり心理学・精神医学のベースはあるので 知識面についてはそれほど心配しておりませんし ワークショップに参加してみて、経験も有る程度は知識でカバーできそうに感じました あとは おっさんのやる気と どの様に周知していくか これが最重要課題です 特に周知の方法について これは既に実践している方々の意見を聞く必要があります そんな方々とのコンタクトの取り方から検討しなければなりません ーーーーー それにしても ワークショップの参加費は5,000円でしたが参加者は3名で 15000円の収入に対し スタッフは2名で しかも会場は東京の貸会議室で 会場費だけで15000円を超えていそうな? 赤字になっていないか余計な心配をしてしまいました おっさんが開催側になるとして もちろん全くのボランティアとして行うつもりですが 赤字になるやり方は良くありません 継続が難しくなるからです 東京でも参加者3名という現実を見て 釧路では何人集まるのか? そもそも需要はあるのか? もしかしたら過去、釧路にもグリーフ関連の会は有ったけど、需要が無くて消滅したのでは? と考えてしまいました 凡人以下のおっさんが考え付いたのですから おっさんの想像が正しいかもしれないです 東京でも3名。。。 う~ん ーーーーー 昨日に続き ワークショップ主催団体会長の著書の言葉で印象に残ったものです 遺族が振り回された感情の揺さぶりの情緒的変化、行動、身体、そして認知レベルの変化を経験し、その当初には強烈さにとまどいつつも、どれもが通過点であり、やがて消えはしないのですが薄らぎます。BI(遺族アイデンティティ)仲間の誰もが経験する「人生の虚しさ」です。 (はじめて学ぶグリーフケア第2版:宮林幸江・関本昭治著) 死別者にとって 悲嘆は乗り越えるのではなく慣れるものであり その先には人生の虚しさを経験する 多くの死別者が同じような悲嘆を経験し そして悲嘆に慣れ 虚しさに到達する これが自身も死別者となり 20年間、第一人者としてグリーフケアに携わってきた著者の結論なんですね この著者の言葉を初めて目にした2週間ほど前 この言葉に良くも悪くも心揺さぶられ 自分の心の中で何かが動き始めたように感じました 同じ経験をしている方の言葉だからこそだと思いました にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.04.13 |
乗り越えるのではなく慣れるもの
先週のブログの投稿の中で 教会で洗礼の儀式を見学した後に 孤独感 疎外感 を感じたと書きました 悲嘆経験者なら分かってくれると思いますが これは自分が洗礼を受けて教会の仲間になれば解決する といった類の感情では有りません 悲嘆による心身反応は多様ですが 亡き妻を差し置いて自分だけ救われてはいけない 幸せそうに見える人たちと自分は異なる といった悲嘆の反応により生まれた感情です グリーフケアワークショップに参加して 実際に同じ経験を有する方々の話を聞き 悲嘆の反応は様々である事を認識出来ました ーーーーー グリーフ(悲嘆)に関する書籍を数冊読みました まだ途中の書籍もあります その中で気になるものがありました 「死別に関する誤った信念」 「いわゆる神話」 というものです 誤った死別の理解ですね 以下に記します ・時間が全てを癒す ・悲嘆は6ヶ月から1年続く ・喪失について考えないようにするほど、苦しみは少ない ・喪失に触れない方が、死別体験者にはいっそう助けになる ・怒りと罪責感は、異常な悲嘆反応の中でのみ生じる ・泣いたり悲嘆について話す人は、感情を表出せずに決して喪失を口にしない人よりも、ずっと苦しい時を過ごしている ・悲嘆は家族をお互い親密にする ・子供たちは幼すぎて死を理解できないので、死の概念について話し合うのは、子供が大きくなるまで待つのが最善である ・愛する人の遺体を見ないで済ます事ができれば、通常それは遺族にとってずっと安楽である ・薬物やアルコールは悲嘆の痛みを緩和する ・悲嘆しすぎると、健全な精神を喪失する ・悲嘆が前もって予想されている人では、悲嘆プロセスに楽な場合が有るに違いない ・死別を体験している家族は、あまりにも気が動転しているので、病理解剖や臓器移植の求めに応じて話し合う事ができない ・怒りは正常な情緒反応ではなく、その表出を奨励すべきではない ・愛する人の喪失を迅速かつ短時間に受容する事は、その人が成熟し、強い意志を持ち、悲嘆プロセスをうまくやりこなしていることの表れである ・亡くなった夫とコミュニケーションを続ける妻は、病的な心理機制を用いて悲嘆を処理している ・自殺者の遺族と話す際には、自殺についての話題を持ち出してはならない 以上 これらは神話・誤りなんです やむを得ないことでは有りますが 悲嘆の無理解により 死別体験者が周囲の人たちにより苦しめられる というケースは多いようです グリーフケアワークショップでも 周囲の人から傷つけられた体験を語る場面があり 参加者全員に発言が求められました おっさんは 悲嘆に対し「天国の奥さんはそんな姿を望んでいない」という言葉により 自分の気持ちを素直に表出出来なくなった経験を話しました 酷い体験談を話した参加者Aさんがいました パートナーを亡くした後に知人から連絡(LINEと思われる)があったそうで 内容を要約すると パートナーを亡くし悲嘆に暮れるAさんを見て 自分は家族に囲まれて幸せである事を再認識出来ました といった内容だったそうで あまりに酷い内容であったため それ以降の付き合いは一切断ったとのこと 殺意を抱いたとも話していました そりゃそうです おっさんはそこまで酷い仕打ちを受けてはおりませんが 妻が亡くなった後 犯罪を犯して刑務所にでも入ろうか と思った事も有ります その犯罪も これまでの人生で最もおっさんを苦しめた人物を〇害しようか とまで考えたのですから おっさんがAさんのような言葉を浴びせられたなら その相手を衝動的に〇害するかもしれません いかに世間が死別による悲嘆の理解に乏しいか分かるエピソードです (Aさんのケースは相手が狂っているだけかもしれませんが) ーーーーー ワークショップの案内には 死別後半年を経過しての参加が効果的 と書かれておりますが 実際に参加してみて 確かにある程度の期間を経過した後が望ましいと思いました おっさんの経験で言えば 死別後6カ月程度で 妻の死という現実から逃げるようになっていたので ワークショップがその現実と向き合う良い機会になりました 悲しむべき時期にしっかり悲しまないと悲嘆を拗らせることも有るとの事で 再び現実と向き合えて良かったです ただし ワークショップ参加後は 妻との最期の日々を思い出すようになり また以前の悲嘆に戻ったように感じてはおりますが ワークショップはケアの場なので 体験談を語るだけではなく課題を遂行します その課題には死別後間もない心理状態では取り組む事は困難かもしれません 死別後間もない時期に必要なのは 同じ経験を有する者同士が集い 自身の経験を話し 他者の経験を聞き 皆で共有・共感する場である その様に思いました その点 ワークショップはケアの場で 体験談をテーマに沿って語るために 皆に聞いて頂きたい体験談を存分に話す事は出来なかったので 吐ききることが出来なかった という思いが残りました 死別経験者に必要なのは ケアの場 自由に語る分かち合いの場 この2つだと思いました ーーーーー 今回のワークショップの主催団体の会長の書籍に書かれていた言葉が印象的でした 悲嘆は 「乗り越えるのではなく慣れるもの」 という言葉です おっさんは 妻の死を乗り越えなければならない と考え 混乱状態ながらも試行錯誤してきました しかし やはり同じようにパートナーを失い グリーフケアを米国で学び 日本でグリーフケアの普及に取り組み 日々、研究・実践してきた会長が 「乗り越える事はできない」 と言っているのです この言葉を目にして これまでの試行錯誤は無駄だったのか という思いもありましたが すぐに 生涯付き合っていくべきものなのだと 諦めと共に 乗り越えなくても良いという若干の希望も感じました 会長の研究だと 悲嘆に慣れ 以前のように生活できるまで 平均4年半 だそうです 長く感じるのか 短く感じるのか それは人それぞれ 悲嘆は人と比較するものでは無い とも学びました おっさんは4年半は短いと感じました 本当に慣れる時が来るのだろうか とも思いました にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.04.12 |
8回目の月命日
本日は 妻の8回目の月命日です ーーーーー 昨日は日帰りで東京に行ってきました (厳密には日付をまたぎましたが) ブログに書きたい事がそれなりに有りますが 全部書いたら長文になりそうで 数回に分けようかと思っておりますが 書きたい時に書かず後にすると書きたい意欲が失せてしまう事もしばしばで どうしようか悩みながら書き進めます ーーーーー まずは AIRDOの愚痴 行きも帰りもAIRDO便を利用したのですが どちらも遅延 行きに至っては 25分も遅延しました 釧路発9:55の便ではギリギリになりそうだったので 帯広発9:00の便にしたのですが25分の遅延で9:25分発となり 30分しか変わらず。。。 間に合ったから良かったですけど ゆとりの無いスケジュールになりました 帰りも10分ほど遅延したし ーーーーー 大変だったアピールです 4月11日 4:30自宅をマイカーで出て 6:20頃に帯広駅着 7:30帯広駅ー帯広空港行バスに乗車 9:25帯広発羽田行 11:30頃にモノレールに乗り 浜松町で京浜東北線に乗り換え 12:30頃赤羽駅に到着 徒歩で会場へ向かい 12:45頃会場到着 13:00からの開始に間に合いました 16:30グリーフケア終了 会場近くから羽田直通のバスが出ている事を知り 16:50羽田空港行バスに乗車 18:00頃羽田空港着 18:50(遅延して19:00過ぎ) 羽田空港発新千歳空港行 20:30頃新千歳空港着 南千歳駅にJRで移動 21:37分南千歳駅発のスーパーとかち乗車 数分遅れで23:50頃、帯広駅着 0:00頃マイカーで自宅に向けて帯広駅出発 1:50頃自宅着 約21時間 移動中は眠る事が出来ない質なのですが 行きの飛行機で20分程度 帰りのスーパーとかちで30分程度 眠る事が出来たため さほど疲労感は強くなかったですが さすがに帰宅後は頭がボーっとした状態でした 帰宅後、気が張っていたからか すぐに寝付けそうになかったため 軽く晩酌し、そのまま寝落ち 気付けば朝8時になっていて 目覚ましアラームを設定し忘れておりましたが 8時に目が開いて良かった 本当は一か月も前から9時に仕事の予約が入っていたのですが お客様にお願いして11時に変更して頂いていたので良かったです 大変だったアピール以上 ーーーーー 13:00~16:30 グリーフケアワークショップに参加しました アドバイザーが2名 同じ経験をされたボランティアが2名 参加者が3名(おっさん含む) で行われました ずるくも ここ1~2ヶ月ほど 妻の死という現実から逃げておりましたが 現実と向き合ってきました リーダーが男性で おっさんとリーダー以外は女性だったので めそめそ泣くまいと思っておりましたが 気付けば涙がこぼれ続け 同じ経験を有する者が集い 悲嘆だけを語る場 この必要性を強く感じました この地にその場が無い事はとても残念だと思いました グループダイナミクス 集団力学 リハビリ専門職養成校の学生時代に 精神医学で学びました その力を経験しました 妻が亡くなり 妻に 今までありがとう とは言いたくありませんでした 感謝は強く強くしているのですが それを表明してしまうと 妻の死を認める事になるからで でも ワークショップの課題の中で 感謝を表明する事となり 感謝の気持ちを 文字にし 言葉にし 表出したのです これは一人では出来ない作業でした グループダイナミクスが有ったからこそです 8回目の月命日の前日 妻への感謝を表出出来ました 皆の前で 声を震わせながらも 言葉に出来ました にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |











