北海道釧路発 neoおやじの日々 - 記事一覧
http://blog.livedoor.jp/neo310h/
| 発行日時 | 見出し |
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| 2026.06.14 |
改めて存在の大きさを知る
ちょっとしたきっかけで 一ヶ月ほど前から通院して下さっているお客様と亡き妻の話になり お客様が共感の涙を流して下さり おっさんも涙を流し サービス提供中はもう泣かない と決めておりましたが、その決心も崩れ お客様には謝罪を致しましたが 謝罪の必要は無いと言って下さり これまで数名のお客様が妻のために涙を流して下さいました そのお客様たちへの御恩は生涯忘れる事は無いでしょう ーーーーー グリーフサポート・グリーフケア 忙しい中、順調とは言えませんが準備を進め 先日、noteを初投稿し 連携させているXはポストされていないと思っておりましたが しっかりポストされていました 本日はnoteに再度投稿しました 内容はHP公開の周知です そうです やっとHPを公開する事が出来たのです 独自ドメインの取得や設定が面倒でしたが 何とか完了しました ここで公開するか否か悩みましたが 申し訳ありません 今ここでは公開しない事としました (HPのアクセス数など正確に把握したいため) HP作成は、そこそこ大変な作業です しかし事業のために経験が有ったので難渋する事は有りませんでした 妻が亡くなり 事業としてやらなければならない重要な作業に手を付ける事が出来なくなってしまいました その一つに 事業用HPの刷新が有ります 数年前までHP作成は数十万という費用を掛けて外注するのが当たり前でした しかも、内容の修正に別途費用が掛かったりで 集客のために内容を修正したくても業者への依頼が必要で 集客効果が減少しても最初に作ったまま という事業者は少なくないと思います おっさんは3つの事業を行っているのですが それぞれHPを用意しております 最初の2つは外注 最後の1つは自作 でした 実際に運用して 今、最も集客効果が高いのが自作のHPです HPを全て自作にすれば複数ある独自ドメインを集約して固定費を削減する事も出来ますし 集客効果に併せた内容の刷新もリアルタイムで自分で出来ますし なので 外注のHPを自作のものに替える という重要な作業を行わなければならないのですが 重要な作業程、妻亡き後は手を付ける事が出来ずにいたんです 今回、グリーフサポートのHP作成は良いきっかけになりました このままの勢いで事業用のHP作成に取り掛かる事が出来そうです 妻の死で重要な作業が手に付かなくなり そして、妻の死に報いるために再び重要な作業に手を付ける事が出来るようになり 亡くなって尚、妻の存在の大きさを思い知っています にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.06.12 |
10回目の月命日
本日は2026年6月12日 妻が亡くなって10ヶ月経ちました ーーーーー グリーフサポートをこの地で始めると決意し 早いとは言えませんが準備を進めてきて HPは公開まであと少しのところ HPと連携させるnoteは昨日、初投稿をしました noteと連携させているXもnoteの投稿に併せて投稿したはずなのですが Xにアクセスするとまだポストがないと表示されていて まだまだ使い方が理解できていないようです まあ 何とかなるでしょう 来週末はグリーフケアアドバイザー養成講座受講のため 東京に行きます 引越しまで2週間を切り そちらの準備も進めなければならないのですが 仕事 グリーフサポートの準備 引越しの準備 東京出張 が重なり 落ち着く暇も無い そんな状況なので 先日K氏とfacetimeで繋がりましたが 「悲嘆から立ち直ったように見える」 との客観的意見を頂き 確かに 忙し過ぎると悲嘆に暮れる暇も無い というのがおっさんの感想です 一見、良さそうな状況に思えるかもしれませんが 悲しむべき時に悲しまなければ悲嘆が長引く との専門家の意見も有るため 良いのか悪いのかの判断は難しい ただ パッと見は立ち直っている様に見えるとの事で これは助かります 人によっては立ち直らせようとするので それを回避できるのは、おっさん的には良い事です 立ち直らせようとする言葉が強いストレスなので ーーーーー グリーフケアの学術書には 急性期悲嘆のグリーフ反応が強ければ強いほど 元の生活に戻るまでの期間が短くなる というデータが有るようです 例えるなら 炎が勢いよく燃え盛るほど 燃えつくすのも早く短時間で鎮火する といったところでしょうか 自分の急性期悲嘆のグリーフ反応の程度が強いのか否かは分かりませんので 今後、どの様な経過を辿るのかも分かりません どうなっていくのか。。。 忙し過ぎる日々ですが 妻がいれば こんな時には愚痴を聞いて貰いました 結婚当初から こんな事はアンタにしか話せないけど と前置きして愚痴をこぼしていました 妻はおっさんの支えになる という役割で自己肯定感を高める事が出来ていたようで 私に愚痴をこぼしたいだけこぼしなさい という意志を感じる言動が良くありました それが本当に頼もしく そして本当に助かっていたんです 他人には聞かせられない心の闇・おっさんの超ブラックな一面も 妻には全て曝け出していました そんな醜いおっさんを全て受け入れてくれた妻 あの世が有るのなら 妻が何不自由なく平穏に過ごしている事を願います そして おっさんが死んであの世で再会できるなら 妻にいっぱい話を聞いて貰いたい 早く妻に会いたい 今日は妻の10回目の月命日です にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.06.05 |
妻の辛苦には程遠い
昨日も書きましたが 一昨年 2024年4月下旬から7月下旬まで 心の病の治療のため 妻は札幌の病院に入院していました 入院により 妻は回復傾向に有りました 入院も終盤 退院前に外泊してみようとの話になりました ーーーーー 2022年 介護福祉士だった妻と2人で始めた介護サービス 妻の心身の不調により わずか一年で介護事業から撤退しました 当時、介護サービスのために広いテナントを借りていたのですが おっさん一人で治療院のみを営業するには広すぎるし家賃も高額で 現在のテナントに移転する事とし 2024年7月10日が引越しの日でした 引越しの際は 元のテナントと現テナントを行ったり来たりしなければならず その間、回線工事の立ち合いなども有り 一人での対応は困難だったので 引越しに合わせて妻の外泊の日程(7月9日~11日)を決めてもらいました 入院中 5月のGWに一度面会に行き それ以外はSMSや電話で連絡を取っていました 入院により妻が回復傾向に有る事を実感していました 店舗の移転に合わせた外泊 高速バスで帰ってくる妻 7月9日 バス停に妻を迎えに行きました 再会すると 電話で感じた以上に 妻の回復を実感しました 7月10日の引越しの日 朝からバタバタでしたが 妻の協力を得る事が出来て 滞りなく移転は終わりました 元気な頃ほどでは有りませんでしたが また頼もしい妻の片鱗が見えて 移転が無事済んだ事よりも、おっさんはそれが何より嬉しくて 引越しの日の夜 晩御飯を妻と食べながら 妻に何度も感謝と嬉しい気持ちを伝えました 「アンタが居てくれたから無事済んだ」 「本当に頼もしかった」 「ありがとう」 と何度も何度も伝えました 数年、心身ともに不調で 自己肯定感が著しく低下していた妻でしたが 少し自信を取り戻したようで 本当に嬉しかったのです ーーーーー 札幌の病院にお世話になったのは 同じように心が病み、苦しんでいる治療院のお客様A氏の話がきっかけでした A氏は当初、釧路の精神科を受診しましたが 治療は、ほぼ薬の処方のみ 複数の精神科を受診したそうですが 薬が変わるだけ もしくは 量が増えるだけ しかし症状は改善せず このままでは埒が明かないと考えたA氏は ご自身で調べて、札幌の心理療法を行っている医療機関を受診したそうです すると、症状が改善傾向となり 薬の量も減らす事が出来たそうです A氏はそれ以降、現在まで10年ほど札幌の医療機関を1~2ヶ月に一度定期通院し続けています 思い切ってA氏に妻の現状を話しました すると札幌の医療機関で心理療法を受ける事を勧められました A氏に言われるがまま 札幌の医療機関に連絡しました そして入院する事となりました A氏と同じく薬の効果がみられなかった妻でしたが 札幌の医療機関では殆ど毎日心理療法が行われた事で A氏と同じく回復傾向となったのでした A氏には感謝しか有りません ーーーーー 7月下旬に無事に退院した妻 回復傾向に有った妻との生活は以前のように活気ある日々でしたが 長くは続きませんでした 札幌の医療機関退院時に 元の釧路の医療機関宛ての手紙を渡され また、釧路の医療機関に通院する事となり 治療は薬だけとなり 症状は戻りつつ有りました 慌てて札幌の医療機関に連絡し 月に一回、定期受診をし 心理療法も行って頂きました 薬だけよりはマシでしたが それでも月一回では不十分だったようで 徐々に症状は戻りつつありました おっさんは再入院すべきと考え 2025年1~2月頃には妻に伝え 先生もいつでも受け入れOKと返事を下さり 2025年4月頃には入院しようと妻と話していました 結果は昨日書いた通りです 昨年4月に入院し 医療スタッフに囲まれた状況だったなら 妻は身体の異変をスタッフに伝えたでしょう そうすれば検査が行われ 倒れる前に身体の病が発見されたかもしれません その時点で病が分かっていれば 障害は残り 闘病生活も経験する事にはなったでしょうが 早期に死には至らなかったはずです 妻を救う事が出来なかった愚か者 愚か者が罪を背負い生き恥を晒して命根性汚く生きています 毎日、悲嘆に暮れつつ それでも 死を突き付けられた妻の辛苦には程遠い にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.06.04 |
強い後悔
昨年の6月4日 妻と最後の遠出をしました 見学したい施設が札幌にあり 日帰りで行きました 2ヶ月以上前から予定が決まっていれば 釧路ー丘珠便が片道6000円程度で購入できたりするのですが 昨年6月4日は急遽決まったので 高速バスで行きました ちなみに 札幌行きの第一選択は2ヶ月以上前に決まった予定なら飛行機ですが そうでは無い場合 第二選択はバスです 理由はJRより安価だからではなく JRより疲れないからです (人によるみたいですが) 昨年6月4日は水曜日 平日の朝の便だったので空席が多かったです 横並びにしようとすると夫婦どちらかが真ん中の席になるので 窓側に縦に並んだ席を取りました 高速バスは高速道路のパーキングエリアで途中休憩があります 十勝のパーキングエリアでの休憩時 夫婦ともに下車してトイレなどに行きました こんな時も 我が夫婦は一緒に動くことはなく それぞれ行動します 休憩前に出発時刻が告げられているので おっさんは余裕を持ってバスに戻りました しかし妻は戻っておらず 乗客が早めに戻っていたこともあり 若干、早めに乗客が戻っているかのチェックが始まりましたが 戻らない妻 窓の外を見ると トイレから出てきた妻が パーキングエリアに出店している売店方向に向かって歩いていました 心身ともに不調で食が細くなっていた妻ですが 売店で売っているソーセージやポテトなどに惹かれたのでしょう しかし 妻以外はバスに戻っていて 妻さえ戻れば出発できる状況だったので バスの乗降口に行き 数十メートル離れた売店に向かっている妻に大きな声で 「⚪︎⚪︎(妻の名前)、もう出発するから戻りな!」 と声を掛けました おっさんの声にすぐ気付き 慌てて小走りでバスに引き返した妻 なんかね すごく良い光景でした 食が細くなっていた妻が 食べ物に惹かれて売店に向かって歩く姿にホッとしたと共に その姿が可愛らしかったんです (50過ぎの夫婦が可愛いとかキモいかもしれませんが) でも その3週間後に 妻は倒れたんです ーーーーー 2024年春 妻は札幌の医療機関に入院しました 心の病の治療のためです 退院後 1〜2ヶ月に一度、その医療機関の受診のために札幌に通院していました 方向音痴の妻なので、おっさんも付き添いです 週一休みのおっさんは休日の日帰りにしたかったので 釧路ー丘珠便を安価で購入するために先生にお願いして2ヶ月先の予約を入れてもらっていました 妻は回復傾向にありましたが おっさんは更なる回復を望み 再入院とその後の施設などの利用を検討していました しかし 妻は積極的ではなく 今にして思えば 家から離れたくなかったのかもしれず 家のような自由気ままな暮らしは多少制限されるからなのか おっさんと離れたくなかったのか 理由は分かりませんでしたが 本当は6月26日に倒れる前 4〜5月に再入院しようと妻と話していたのですが 妻は先延ばしし続けていて 後悔先に立たず その時に強引にでも再入院させていれば 妻は亡くなる事はなかったかもしれません というか 死までには至らなかったでしょう この後悔は 今まで逃げ続けていた思考です 当時を思い出し言語化したのは今が初めてです ーーーーー 一年前 売店に向かって歩く妻の姿を思い出し そして なぜ入院させなかったのかという後悔を言語化して認識し ちょっと 正気を保てるか心配です ーーーーー 定休日の今日 引越しの見積もりがありました 引越し屋さんの見積もり担当が朝訪問してくれました 玄関を開けて担当者を見ると 見たことのある顔でした すぐに思い出しました 4年半前 釧路近郊の医療機関勤務から 釧路市内で起業するために現住居に引っ越した際に 引越しの見積もりに来られた方と同一人物でした その時の事も思い出し 我が家の物は 3/4は妻関連の物です なので 引越しの度に妻は荷造りに苦労するのですが ギリギリにならないと動き出さない妻 妻とは6回引越しをしましたが 毎回、前日はおっさんも手伝っての徹夜 4年半前の引っ越しも徹夜でした なんで早く準備しないのよ〜 と文句を言いつつ 徹夜で準備をした事を思い出し ーーーーー 一年前 売店に向かう妻の姿 言語化して認識した後悔 に加えて 4年半前の妻との最後の引っ越し 頭がどうにかなりそうで 定休日の今日は職場でやる事が盛りだくさんだったのですが 図書館にエスケープ 人がいるところに来て なんとか正気を保っています 亡き妻が生き返ることはありません そんな事は分かっているのですが まだ死を受け入れる事が出来ていません いまだに 妻は死んだのだ と脳内で言語化すると 涙が流れます どうして強引にでも入院させなかったのか にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.06.02 |
初めて気付いた事
妻が倒れ 救急搬送され亡くなるまで入院していた病院は 自宅からも職場からも窓から見えます 回復して退院できると思われていた頃 面会制限があったので(週1回20分まで) 朝も昼も夜も病院に向かって 無事に早く回復できますように と念を送っていました しかし 思うように回復せず ただごとじゃないと思うようになってからは 毎日、病院を見ては 妻の辛苦を思い なぜ妻がこんな目に遭うんだ と泣き続ける日々でした 妻が亡くなってからは その病院を見るのも辛くなり 職場ではカーテンを閉めて目に入らないようにし 自宅でも病院が視界に入らないようにしました その病院には近寄らないようにしましたが 妻の死後、医療費の支払いに行かなければならず 病院に着いてからは顔を上げる事が出来ず下を向いたままでした 妻が亡くなり2ヶ月ほど経過してから 緩和ケア病棟の看護師たちから手紙が届きました お気遣いに感謝いたします しかし、頭がどうにかなりそうだったので 有難く拝読しましたが内容は覚えていません 引越しの準備中 その手紙が出てきましたが読めませんでした 捨てはしませんでしたが しばらくは読む事は出来なさそうです 新居からも見える病院 なるべく視界には入れたくない ーーーーー 昨日 台所の蛇口から茶色い水が出てきました 元々、水道管の錆だと思われる汚れた水がたまに出る住居で 蛇口に妻が取り付けたシャワーに切り替える事が出来る簡易的な浄水器の浄水機能が古くなったようだったので 引越しも近い事も有り取り外しました 入居時に蛇口に付いていたメッシュのものが見当たらず 妻じゃなければ何処に有るかは分からず これは退去時に新たに購入しなきゃ と思っていたところ シンク下にある収納に「入居時のもの」と書かれたビニール袋がある事に気付きました 開けてみると 排水溝の蓋とザル そして元々付いていた蛇口のメッシュのものが入っていました さすが妻です しっかりと取っておいてくれていました 入居時に付いていた排水溝の蓋とザルはあまりキレイでは無く 妻が購入したものに取り替えていた事に初めて気付きました 簡易浄水器を外し、妻が取っておいた蛇口のメッシュを付けましたが シャワーにはならないので水がシンクの外に飛び散りました 妻の工夫や思いが伝わり 朝から泣きました 現住居での生活は残り3週間とちょっとですが シンクの外に水が飛び散るような環境では台所を使うたびにストレスを感じると思い シャワーに切り替える事が出来る簡易浄水器を購入しようと考えました 新居の蛇口と同じ規格であれば新居でも使えると思い 朝、新居に確認に行きました 幸い現住居と新居の蛇口の規格は同じでした 妻が選び取り付けたものと同じものが有れば、それを購入しようと思います もう4年半使っていて慣れているので 生活の細かい部分まで妻の工夫や優しさを感じ なぜ、そんな妻が53歳という若さで亡くなったのか あまりにも惨い にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.06.01 |
か弱き子羊
現住居の退去は6月26日となりました 昨年、妻が倒れた日です 今朝、妻の遺影と遺骨に向かって話しかけましたが 妻が倒れた6月となり 涙がとまりませんでした 台所にあるカレンダーは昨年の6月のまま 理由は自分でも分かりませんがカレンダーをめくる事も今年の物に取り替える事も出来ず 退去は6月26日なのですが 新居の契約開始日は本日からとなり 夕方、新居で鍵を受け取る予定です いよいよ 妻との思い出有る住居から離れる日が近付いています 悲嘆が強まる事は容易に想像でき 無事に済ます事が出来るか不安が有ります ーーーーー 妻の命が長くない と告げられて以降 お酒を呑まなければ眠れない状況が続いています 茶の間のソファで晩酌をして そのまま寝落ち ソファで横になっていればまだマシですが 座ったまま4~5時間、寝続けている事も有り そんな時の翌朝は疲労が回復しておらず このルーティンからなかなか脱する事が出来ませんでしたが 大型の家具を買い取りして頂き 茶の間を広く使う事が出来るようになったため 思い切って環境を変える事にしました 寝室の布団を茶の間に移動させ茶の間で寝る事とし 布団に座って晩酌をする事としました ダメ人間まっしぐら 環境を変えた初日 茶の間に有る妻の遺骨と遺影の前に布団を敷き 布団に座って晩酌をして ソファと異なり寄りかかる背もたれが無いので そのまま布団に横になって寝落ちしていました しかし 早朝に激痛で目が覚めました 歯の痛みでした 元々食いしばりが有ったのですが その日は余程強い力で食いしばっていたようで 強い痛みが有ったのです それは軽く上と下の歯が触れるくらいでも痛みが出て その日の夜まで痛みは続きました 妻がいた頃からソファで寝落ちする事が有り その度に寝室で寝ていた妻が夜中に目を覚ますと 茶の間に来て、おっさんに声を掛けてくれて おっさんが寝室に行くという事が有って その日は妻亡き後、初めて妻の遺骨と遺影の前で一晩過ごした事で 寝ながら妻に怒られていたのかもしれません (それまでは深夜~早朝に目を覚まして寝室に行っていたのです) だから 強く食いしばっていたのかも と考えてしまいました 翌日からは 晩酌も終わりころになり、横になりたくなったら 洗面所に行って口腔ケアをして 歯科で作って頂いた食いしばり用のマウスピースを付けてから眠る様にした事で 現在は痛みは殆ど有りません 取りあえずは 寄りかかる背もたれが無い状況で晩酌をすれば寝落ちしにくい事が分かり これは新居での環境づくりの参考になりました ーーーーー 昨日 同じく妻を亡くし コメントを下さるK氏とfacetimeで繋がり お話をしました 記念日悲嘆が近付き 心理的に不安定になっているK氏から 悲嘆が強まっている時に、どの様に対処していたのか質問が有りました K氏は妻を亡くして約3か月 おっさんは妻を亡くして約10ヶ月 おっさんの方が長くグリーフを経験しているので助言でも出来れば良かったのですが おっさんの経験上、出来る助言は有りませんでした おっさんはただただ泣き続けて耐えていただけだったので しかも、それは今も変わりません 10ヶ月経ってもそんな状態なのだ という K氏にとっては酷な未来を見せてしまったようで申し訳なかったです が それが現実なんです K氏もおっさんも 記念日悲嘆が近付き 悲嘆は強まっています K氏は食欲が無く空腹を感じる事も無く 元々、体格は良かったようですが 10kg以上?体重は落ちたようです おっさんも妻が倒れる前は71~72kgほど有ったのですが 妻亡き後、気付けば64㎏になっていました K氏と同様に食欲も空腹感も有りませんでした いつも交感神経優位になっているのでしょう まともな食事はお酒を共にする夜だけで 昼は週に1回食べる程度です 体重は67㎏まで戻りましたが、それ以上は戻らず しかも最近は記念日悲嘆によるものなのか 66㎏に減っていました 男性が残されると 生活が乱れて健康を害する事は多いようです 気を付けたいのですが なかなか難しいです。。。 きっと滑稽に見えますよね 精神的にタフな方がおっさんの現状を見れば グリーフケアを学び どの様な状況になるのか知見を得ても どうしようも出来ないんです 笑われてもしょうがない か弱き子羊です にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.05.26 |
生きる意味
6月下旬に引っ越しを控えております また、6月20日はグリーフケアアドバイザー養成講座受講のために東京に行きます そして グリーフサポートを7月から始動する事としました 仕事や引越しの準備の合間にホームページ作成を行っており 8割程度は出来上がりました ホームページはnoteを連携させ noteはXと連携させ SEO対策は十分かと思われます (noteの更新頻度や内容にもよりますが) 明後日の休日あたりからnoteの投稿を始めたいと思います すぐに参加者が現れるとは思っておりませんが 幸いにしてコメントを下さるK氏のご協力を頂けるので おっさんとK氏の2人参加で会は成立します ありがたい ーーーーー 以前の投稿で書いた 妻お気に入りのキッチンボード 本日、リサイクルショップに買取して頂くこととなりました 朝早く起きて搬出しやすいように準備しました 思い起こせば購入したのは9年ほど前で それまでは組み立て式の1万円ほどの食器棚を使っていて 料理を頑張ってくれていた妻はそれが不満で セミオーダーメイドのキッチンボードは妻待望のもので 一気にキッチン周りの収納問題は片付き 妻は大事にしていました 9年も使えば多少の汚れは有りますが それでも買取の値段がつくほどそこそこ綺麗で(購入時の1/20程度の買取価格ですが) 妻の思いが伝わってきます (9年も経てば買取の値段が付かない事も多いようです) 他にも 収納が多数あるテレビ台 タンス ワードローブ チェスト など 大型の家具は今日買取されます 妻との思い出有る家具が無くなるんです 加えて 妻との思い出有る現住居からの引越しを控え 妻の実家の解体の申込も期限が近付き 記念日悲嘆も次々訪れ 心のざわつきが大きくなっています それを察して下さったK氏が SMSを送ってくださいました K氏は奥様を亡くされてまだ3ヶ月も経っておりません にもかかわらず、おっさんを気遣ってくださったのです 本当にありがたい 妻が亡くなって9ヶ月半 パニック状態は脱したと思っておりましたが そんな事は無かったようです グリーフケア第一人者の研究では 大切な人を亡くした悲嘆状態から以前の生活に戻るまでは 平均4.5年 との事です グリーフケア関連の書籍には 妻を20年以上前に亡くされた80代の男性がグリーフサポートを利用し始めた と書かれていました 妻の死はおっさんの責任 辛く苦しい思いをして亡くなった妻を差し置き 自分だけ前向きに元気に生きようなどとは思いませんが 強い心のざわつきが長く続くと逃げ出したいと思う事もあります でも、そんな甘い事を言っていられません 妻は病気から逃げる事も出来ずに死に至ったのですから 早くに引っ越しを想定していた事から妻の記念コーナーは粗末な状態で 引越し後に立派な記念コーナーを作ります 早く作ってあげたい そして グリーフサポートの始動 今おっさんが生きる意味を見出せるのは その2つです にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.05.23 |
5月23日 最後の旅 最終日
昨年5月23日 妻との最後の旅となった東京旅行の最終日でした 最後に妻にしてしまった意地悪については 5月18日の投稿に書きました 今朝も妻の遺影と遺骨に向かって 一年前の意地悪を謝りました 本当は生きている妻に謝りたかったですが もうそれは叶わず ーーーーー 妻が倒れた時の身体状況を考えると 妻へしっかりと関心を向け 注意深く観察し 様々聞き取りをしていれば 妻は亡くなる事は無かったと思われ 妻の死はおっさんの責任であると考えます 心身ともに不調だった妻は 自己管理が不十分だった面もあり 尚更、おっさんの責任は重大だと考えます 内科、神経内科、精神科を定期受診していた事も有り 身体に死に繋がるような異変が有れば 受診時に発覚するだろう との甘い考えが有ったのかもしれません しかし 妻の言動 血液データ などを振り返ると 気付けたかもしれない という後悔が押し寄せます 妻が亡くなって間もなくは 無意識的に自分の責任から逃れようとしていたのでしょう その事を考えないようにしていたように思います それは 妻の死によるパニック状態の中 自分の責任を追及する事に耐えられないと判断した脳の 防衛反応だったのかもしれません 一週間ほど前に 旅の3日目の意地悪を思い出し そして倒れた時の妻の身体状況と併せて考え 妻の死に対する自分の責任について 思考の中で言語化した事によりハッキリと認識しました おっさんが妻を死に至らしめてしまったようなものです そのため おっさんのグリーフ(悲嘆)が自身の寂しさや悲しみではない事の理由でも有るのだと思いました 自分だけ前を向いて幸せになって良い筈が有りません 妻を死に至らせたのは自分の責任なのですから 妻はただ病死したのではなく おっさんが気付いてあげる事が出来なかったから病死したのです 最も大切な妻の命を救う事が出来なかった おっさんの責任は重大です にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.05.22 |
5月22日 最後の旅 2日目
昨年5月22日 東京での2日目を迎えました 11:45だったかと記憶しておりますが 浅草の寄席の午前の部が始まる時間でした のんびりした朝を過ごし 新橋のホテルから浅草に向かいました 早く着いたので 隅田川の川沿いの座れる場所で 川を眺めながら寄席までの時間を潰しました 近くで漁船の船底を清掃している潜水士が作業していた事を思い出します 浅草寺にも行きましたがあまりにも人が多く とてものんびり出来る様な雰囲気ではなかったため 人があまりいない川沿いを選んだのでした 時間になり 浅草演芸ホールに向かいました 平日のお昼ですが、それなりにお客さんは入っていました 開演して間もなく 演者と客の一体感 誰でも安心して笑うことが出来る古き良き笑い を経験し これは来て良かった と思いました 古き良き と言っても 欽ちゃんやドリフターズの様な老若男女楽しめる笑いであって 面白くない訳では有りません 誰も置き去りにせず会場全体が一体になって笑う事が出来る そのように感じました 特に 客席にいた団体で来られたと思われる高齢女性のグループが とにかく大きい声で笑っておられたので ライブの醍醐味です それにつられて他の客の笑い声も大きくなり 笑いが起これば演者もモチベーションが上がり 会場全体が笑いに包まれていたのです 落語にも目覚めつつ有ったお笑い好きの我が夫婦にとって それは幸せな一時でした ーーーーー 十数年前 妻との東京旅行 お笑い好きの我が夫婦は 新宿にあるお笑いの劇場 ルミネザ吉本に行きました 二人とも初めてのお笑いライブでした 平日の昼間のお笑いライブ 客はおそらく我が夫婦と同様に 東京観光に来てテレビに出ているお笑い芸人の芸を見たいという テレビ視聴の延長で来ている方が多かったのだと思います なぜなら テレビによく出演している芸人が出てくると、そこそこの声援が有ったのですが テレビにあまり出演していない芸人が出てくると盛り上がらず という状況だったからです そんな中 くまだまさし という テレビに出演するとあまりウケないのですが 共演している他の芸人からは劇場ではウケるのに と言われている芸人が登場しました くまだまさしさんは 客を巻き込んだ芸を披露していました 芸で用いたパネル大の自身の写真を客に向かって 「これ欲しい人」 と聞きました 我が夫婦は手を上げる度胸も無く おそらく地方から来られた他の客も同様で手を上げる事は無く しかし ライブ慣れしていると思われる客が 「はい!欲しい!欲しい!」 と手を上げました この出来事で我が夫婦は気付いたのでした ライブとは客もライブに参加しているという意識が無ければ場は盛り上がらないのだ ライブはテレビ視聴とは違う という事に ライブ終了後に 夫婦でそんな話になりました 確かにそうですよね テレビ視聴と同じように 面白い芸を披露して笑わせてみろ というスタンスでは盛り上がるはずも有りません お笑いに限らず 音楽や演劇のライブだってそうでしょう テレビ視聴であれば クスっと笑う程度の笑いであっても 声に出して笑う 客を巻き込もうとしているなら 積極的に乗っかる 自分も参加しているという意識が必要なんですね それに気付いた我が夫婦 ライブ後 またライブに来る機会が有って 客を巻き込んだような芸が行われた場合 積極的に「手を上げる」と妻は話しました 自己主張しない引っ込み思案な妻ですが何回かその様に話していて お笑い以外を含めてもライブ経験が無かった我が夫婦にとっては 良い学びになったのでした ーーーーー 浅草の寄席では他の客と同様に 面白い時には声に出して笑いました 午前の部は11:45頃始まり終演は16:30 およそ5時間弱と長丁場でしたが 我が夫婦は最後まで笑いに包まれ幸せな時間を過ごしました 当初は「古い」笑いに満足出来るか心配も有りましたが 寄席の笑いは「古き良き」笑いで十二分に満足できました 夫婦ともに軽い興奮の中 新橋に戻り晩御飯を食べに行きました 安い美味しいで有名な鳥貴族に行きました 食事をしながら 寄席の話題は尽きませんでした 寄席のパンフレットを見ながら 回想し 感想を述べ また来たい、という思いは夫婦ともに一致していました ーーーーー 引越しを控え準備を進める中 以前の投稿で旅の最終日に行った国立科学博物館の妻が持っていたリーフレットが出てきたと書きました 同じ場所から寄席のパンフレットも出てきました おっさんも寄席のパンフレットは捨てずに持っていました 夫婦二人では最後になってしまった笑いに包まれた幸せな時間 それが5月22日です ーーーーー 学問は凄いと思います グリーフケアを学問として学び記念日悲嘆が有る事を知りました 今まさにおっさんは 記念日悲嘆により悲嘆が強くなっている事を実感しております 一昨日お会いしたK氏も何度か話しておりましたが 自死は選択しないけれども 死にたい という気持ちは有るとの事で おっさんも同様です あの幸せは二度と戻ってこない 我が夫婦らしく 寄席で最初に並んで座った客席はエアコンの冷風が直接当たる席で 妻が寒いと言って最初の休憩時間に席を変えましたが おっさんはその席に留まり 休憩の度にそれぞれバラバラに席を変え 最後の一時間はまた二人並び 席はバラバラでも思いは一つ 寄席って良い! 笑いに包まれた幸せな時間 もう二度と妻と味わう事は出来ないのです にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.05.21 |
5月21日 最後の旅 初日
昨年5月21日 妻との最後の旅 東京への出発の日でした 初日は見学したい施設が有り お昼に東京到着後 真っすぐ見学に向かいました 東京はその日29℃まで気温が上がりました 暑さの中、駅から施設まで二人歩いた事を思い出します 施設は夕方まで見学させて頂き 見学後はホテルに向かいチェックイン その日は観光せずに晩御飯を食べて終了 どこで何を食べたのか記憶に無い。。。 外食も面倒臭くてコンビニ食をホテルで食べたかも 次の日は浅草の寄席に行く予定でした 寄席で想像以上の良い思い出が出来る事はまだ知らず ーーーーー 昨夜 同じく妻を亡くされた ブログにコメントを下さるK氏と食事をしました 約一ヶ月前に初顔合わせをして以来の再会です 居酒屋の個室を予約し お酒を交えながら食事をしました おっさんは 妻が倒れて以降 自宅外で誰かとお酒を呑んだのは初めてでした (実家除く) お酒の無い食事自体も 教会での食事会 牧師ご夫妻の自宅に招かれての食事 おっさんの事業所が入居しているビルの忘年会 以外、記憶に無く お誘い頂く事も有るのですが 丁重にお断りしてきました お断りさせて頂く理由は 泣いて場を白けさせる 妻の死から立ち直らせようとされる これらに怯えているからです 昨夜は 同じ経験を有する者同士なので怯える必要も無く 2時間という時間制限は有りましたが 落ち着いて過ごす事ができました これは偏に K氏のお気遣いが有ってこそでした K氏がおっさんを気遣って様々話しかけて下さっている事が伝わりました K氏は奥様を亡くされてまだ2ヶ月半しか経っていないのに そのお気遣いに感謝です 話題はやはり グリーフやグリーフサポートについてでした 同じくグリーフ状態にあってもグリーフ反応は異なり 今後のためにも参考になりました 当初K氏には 前回の投稿で書いた最後の旅でしてしまった妻に対する意地悪を聞いて頂こうと思っていました その話をすれば、きっと泣いてしまうだろうと思い個室を予約していたのです しかし既に、その投稿にK氏から共感のコメントを頂き おっさんの中では有る程度整理出来ていたので その話をする事は無く 終始、穏やかに会話をする事が出来ました 自分自身、驚いたのは 時折、自然な笑顔で話していた事でした 妻が亡くなって以降 殆ど自然に笑えていない事を自覚しておりましたが K氏との会話では時折自然に笑っている事に気付いたのです これはやはり 同じ経験を有する者同士 という安心感が有るからこそだと感じました 泣いてしまっても理解してくれる 無理に立ち直らせようとしない その様な場の重要性を身をもって体験しました ーーーーー 辛く苦しい日々を過ごしている者同士 乗り越える事が出来ない悲嘆を抱え 自死を選択はしないけれども 死にたい という言葉が時折頭を過り 孤独の中、明るい未来も希望も見えず それでも何とか妻の死に報いるために生きていく そんな2人の飲み会でした K氏からはコミュニティづくりに協力したいとの言葉を頂きました ありがとうございます また K氏の驚きの過去を教えて頂きました おっさんが小学校低学年の時に大流行した曲が有り K氏はなんと レコード(当時はまだCDなんて無かったのです)に録音されているその曲の ある楽器を担当したとの事でした おっさん、大きな声を出して驚いてしまいました おっさんから上の世代なら 誰でも知っている名曲です 人に歴史有りですね Kさん 昨夜はありがとうございました 乗り越える事が出来ない悲嘆ですが Kさん仰る通り 同じ経験を有する者同士の集いは 一時でも安心して過ごす事が出来ます お陰様で昨夜は身をもって体験する事が出来ました 今度はしっかりと次もお付き合いさせて頂きます 今後とも宜しくお願い致します 出会いに感謝です にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |











