北海道釧路発 neoおやじの日々 - 記事一覧
http://blog.livedoor.jp/neo310h/
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| 2026.07.31 |
2025年7月31日
今回は長文です それだけ夫婦ともに辛く苦しかった日でした 一年前 2025年7月31日 数日前に妻の死を覚悟し 一人で抱える事が出来ず 唯一の繋がり有る血縁者である父は認知症のため相談する相手は身近に無く 数日前にネット検索して相談できるところを探し この日の10:00に相談の予約をしていたので 遠方に有る相談先のお寺に向かいました 到着すると僧侶が迎えてくれました そして相談室に案内され まだ死の告知前でしたが 助かる可能性は低いと認識していたので 経緯を話し そして死とどの様に向き合えばいいのか どうすれば良いのか分からない と話し聞いて頂きました 終始涙が止まりませんでした 僧侶は傾聴してくださいました 何度も「ごめんなさい、泣いて上手に話せなくて」と伝えましたが 僧侶は「ここは泣く場です」と言い 傾聴を続けてくださいました 時折、僧侶から質問が有りました 内容の記憶は曖昧ですが 心の内を聞くような内容だったと思います 返答に困るような抽象的な質問ばかりでした 数十分後 箱庭療法が始まりました おっさんは医療職で 養成校時代に心理学か精神医学で箱庭療法を学んだ事が有りました 正直、今の自分に箱庭療法が必要なのかという戸惑いが有りましたが 言われるままに箱庭療法に取り組みました その後、再び話をしましたが 内容は覚えていません 1時間ほど経過し相談は終わりました 気持ちばかりお布施をさせて頂きました また一ヶ月後に来るよう言われました 相談を受けて下さった僧侶には感謝しておりますが おっさんが望んでいたのは 死とどの様に向き合うべきか 今どうすれば良いのか 仏教の教えを通じた答えを欲していたのですが それは無く 気持ちは何も変わらないまま お寺を後にしました 13:00から術医との面談が予定されていたので 遠方のお寺から急いで病院に向かいました 面談は妻は同席しないとの術医の話でした その時点でどの様な話が有るのか想像できました 死を覚悟しました 妻には妻が不在の面談が有る事をおっさんは伝えませんでした 死の告知が有る事が予測でき おっさんは妻に死の告知はしないつもりでいたので しかし 12:24 妻からSMSがありました 「昼いちち」 これのみです きっと妻に13:00から自分が不在の面談が有る事が医療スタッフから告げられたのでしょう 本当は「昼一時(いちじ)」と入力し、その後「面談があるんだ」などと入力して送信したかったのでしょう 「昼いちち」 この先の入力が出来ずに誤字のまま送信したのは 体調不良だったからか それとも 自分不在の面談が行われる事を知りショックを受けたからか おそらく後者でしょう 面談後の面会時は体調不良を伺わせる事なく問題無く会話は出来たので この時の妻の心情を想像すると 胸がはちきれそうになり 手が震えています おっさんは 「昼いちち」 と返信しました 妻が何を送信したかったのか続きを促すように しかし返信は無く このメッセージが妻の最後のメッセージとなりました おっさんが拒否してLINEを使わなかった我が夫婦は SMSを多用してきました 最後の妻からのSMSは「昼いちち」 13:00に術医との面談が始まりました 妻不在の面談 術医・病棟看護師・緩和ケア看護師・おっさん 前回、2週間前7月17日に妻も同席した部屋とは異なり 妻の病室から離れた小さな面談室でした 緩和ケアの看護師が同席していて 妻の病室から離れた面談室 その時点で死の告知が有る事は分かりそうですが パニック状態が続いていて すぐには気付きませんでした しかし面談が始まり 病状の説明が有って直ぐに死を告知されました 涙が止まりませんでした 医師は若く 告知に慣れていなかったのか 聞こえるか聞こえないかの様な小さな声で続けました 余命一ヶ月か二ヶ月か と言われ更に涙が溢れました 状態が悪化すれば数日と言う事も有り得る と言われ泣き崩れました 医師は慌てて「状態が悪化すれば」と念を押しました おっさんの泣き崩れ方を見て驚いたのかもしれません 死を覚悟はしておりましたが告知され この時の気持ちも感想も何も無い 訳が分からずただ泣き崩れていただけ 妻には告知しない意向で有る事を伝えましたが 医療スタッフ側は戸惑ったようでした 確かに 数十年前とは異なり 今は告知をするケースが多い事は分かっています しかし妻の心身の状態を考えると告知は望ましくない そう考えていたのです 面談は終わりましたが 予定が有って面談に参加できなかった緩和ケア外来の看護師がおっさんと面談したいと言っている旨告げられ 妻との面会後に時間が合えばと了承しました その後、妻との面会予定でしたが 泣き崩れた状態で面会する訳にもいかず 病棟看護師の配慮で、気持ちが落ち着くまで面談室を使わせて頂きました 気持ちが落ち着くはずも有りませんが 泣き崩れた様子を妻に気付かせない程度には心を落ち着かせる時間を頂きました 13:00からの面談 妻の面会に向かったのは14:00までにはなっていなかったと思います 13:40頃だったか 記憶が曖昧 13:00から自分不在の面談が行われている事を知った妻は長く感じたでしょう 平静を装い妻の病室に入りました 妻からの第一声は「随分長かったね」だったと記憶しています 悟られないように平静を装い続けました やはり酸素投与されていてパルスオキシメーターや心電図などでモニタリングされていました 全身状態の悪化が伺われました すぐに手術による障害部位のケアが看護師により始められました この時 以前の面会時と同様に看護師から夫婦揃ってケアを見学して欲しいと言われました これは看護師が退院を見据えているという事です この看護師が 妻はもう長くは無い事を知らなかったのか それとも 一時的にでも退院できると考えての事だったのか それは分かりません ケアが始まりました 以前の面会時と同様に妻は真剣な眼差しでケアを見ていました この時 おっさんは必要以上に平静を装おうとして 「随分真剣でしょ」 と茶化すように言ってしまいました しかし妻は 自分で出来るようにならなきゃならないんだから当たり前でしょ といった返答をしました 平静を装っておりましたが 妻の 退院する 生きる という思いが伝わり でも助からないんだ という思いもあり 以前、ケアを見学した段取りが悪かった看護師とは異なり ケアは滞りなく終わりました ケアを見学し 全身の浮腫みが強くなっていている事が分かりました ケアが終わり看護師は退室しました 病室は二人部屋でしたが 隣の高齢女性は退院していて 病室に二人になりました 平静を装い妻と会話をしていると 妻が急に 「末期なのかな。。。」 と話し 出会ってから見た事が無い辛く苦しそうな表情で泣き始めました 驚きましたが冷静になろうと心掛け しゃがんで妻に近付き 「誰かがそんな事言ったの?」 「看護師がそんな事言ったの?」 と問いました 妻に嘘は言いたくなかったので否定できませんでした 妻から返答は有りませんでしたが 妻は辛く苦しそうな表情で泣いていました しかし時間にして数十秒か1~2分か 妻は泣き止んで元の表情に戻り 普通の会話を始めました この時の妻の心情を思うと 気が狂いそうになります 出会ってから25年 何度も泣き顔を見る事は有りましたが あのような泣き方は初めてでした 今にして思えば当たり前です 自分の死を察知したのですから おっさんは7月17日以降パニック状態で 思考が及びませんでしたが 死を察知して当然でした 妻には何でもSMSや口頭で伝えていました しかし、その日の妻不在の面談は伝えず それが医療スタッフから妻に伝わり しかも面談の時間は長く 全身状態が徐々に悪化している事は誰よりも自分が分かっていたでしょうし 面談で何が話されたのか 妻は分かったはず その後、一時間くらいは病室にいました 20分までというルールは有りましたが いつもルール違反を繰り返して長時間面会していて 長時間病室にいて妻と会話をしておりましたが 何を話したのか覚えていない 流石に時間が長くなり 看護師に忠告され 病室を後にしました その後 面会後の面談を希望していた緩和ケア外来の看護師とは面談出来ず 翌日、面談の予定を入れました 帰り際 病棟の看護師の長から 全身の浮腫みが強くなっているため、今あるブラジャーだと締め付けが強くなっている ブラトップ?というものを用意して持ってきて欲しい と言われました すぐに用意して明日持ってくると伝えました 妻が亡くなった日はもちろんですが この日も辛い記憶として忘れる事は無いでしょう 夫婦ともにであれば最も辛かった日です この日はこれで終わりませんでした この日がこんな日になるとは思っていなかった頃 バイクの売却に向けて予定を入れていました バイク屋に預かって頂いていたバイクを委託販売して頂くためにレッドバロンに持って行く日でした 預かって頂いていたバイクは バイク屋が多忙らしく 保管場所から出してもらう事ですら事前にお伝えしてもままならない状況で この日にお願いしていたので そんな心理状態では無かったのですが引き取りに行き そのままレッドバロンに向かい 委託販売の手続きをして その際、レッドバロンによる査定などあるため時間を要しました レッドバロンの店長は以前から知っておりましたが 事情を知らない人からは笑顔も無く失礼な態度と思われる事が無いよう、なるべく話しかけられないように並んでいるバイクを見ながら待ちました 査定は一時間以上要したかもしれません その後、バスとタクシーを併用してバイク屋に置いたマイカーを取りに行き実家に向かいました もう19時~20時頃になっていたかもしれません それまでも何度か妻の病状を説明しに実家に行っておりました その都度、認知症の父からの場にそぐわない会話によりストレスが有りました なので父には話さずに父の妻に状況の説明をしていました その時も死の告知が有った事を父の妻に話しました 言葉に詰まり会話にならない父の妻とおっさん そこに父の質問が 〇〇さん(妻)には兄弟とか親戚いるのかい? 返答しました 認知症の父は数分おきに同じ質問を繰り返しました 何度目かにおっさん 「もういいから!」 と声を荒げてしまいました 父は驚いた後、怪訝な表情でおっさんに「おかしな事言うねぇ」と話しました 妻の死を告知され その報告とともに多少の慰めにでもなるかと思い実家に行きましたが おっさんはストレスを更に強め 父は認知症の周辺症状を強め なんのプラスにもなりませんでした 自宅に帰りましたが 全く記憶が有りません おそらく大酒を飲んで寝たとは思いますが 長い一日 倒れてから亡くなるまで 泣き言一つ言わなかった妻でしたが この日唯一 「末期なのかな。。。」 とこれまで見た事が無かった辛く苦しい表情で泣きました しかし、すぐに泣き止み いつも通りの表情で会話を始めました 心の内は泣き叫びたかったはずです 自分の死を察したのですから でも 自分の事よりもおっさんを気遣ったのでしょう おっさんを困らせてはならない おっさんを苦しめてはならない こんなに出来た人が53歳で死んだんです にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.07.30 |
2025年7月30日
定休日の今日 また遠方の妻の実家に行き 解体の様子を見てきました 作業が始まる前に行き 妻の遺影と共に様子を見ようと思っておりましたが 到着は8時を過ぎてしまい作業は始まっていました 作業している人がいない場所で遺影を出して妻にも様子を見せました 予想通り 残置物はほぼ無くなり 内壁と断熱材もほぼ剥がされていました 妻の部屋は床も剥がされていました 滞在中、和室の畳も撤去が始まりました 作業している方に話を聞くと 一週間後には建物自体もかなり解体が進んでいるだろうとの事でした 実家やその周囲をウロウロして 40~50分近くは滞在しました 作業の邪魔にならないように 気になったのは隣家との間に有るブロック塀でした これは実家or隣家、どちらの所有物なのか分かりませんでした 作業している方に飲み物を差し入れ 帰路の途中にある解体を請け負った会社に寄りました 今まで電話や郵送でしかやり取りしておりませんでしたが 初めて担当の方と会いました 解体作業が始まる前 おっさんの定休日には作業の進行状況や予定について電話を頂くこととなっておりましたが一度も電話は無く いつもなら馴れ合いの田舎あるあると諦めてスルーしますが 今回はスルーせずにハッキリ電話が無かった事を言いました 担当は「あっ!」という表情でした 作業の進行状況やお盆休み期間について質問しました お盆休み前には建物の地上部分は無くなるだろうとの事でした 隣家との間に有るブロック塀についても質問しました 確認して頂けるとの事でした 工事関係の書類の中に 昨年、見積もりを依頼した際に担当者が撮影した外観や家屋内の写真が複数有ったため その写真をデータで欲しいとお願いしました 妻の養父はもったいない精神で物を捨てる事が出来ず物だらけで それに加えて晩年は認知症で半ゴミ屋敷化していた実家ですが それでも良き思い出には変わらず 記念に写真を残したいと思ったのです 担当は嫌な顔をせずに了承してくださいました 約束の電話は無く 電話の際は終わりにこちらから「失礼します」と言っても返答無く電話を切る 田舎あるある担当者ですが 帰宅後すぐに写真のデータがメールで送られてきて 更にはブロック塀の確認もすぐにして下さり、その回答も記載されていて 仕事は早いんだと感心しました 来週の定休日には解体が進んでいるでしょうから その前に一度、仕事終わりに確認に行きたいと思います ーーーーー 遠方の妻の実家から お昼頃、自宅に到着しました そして先延ばしにしていた 妻・養父母のしっかりした記念コーナーを作るべく ホームセンターに向かいました 秋田県の本家は仏教徒(真言宗)ですが 父親は次男で地元を離れていて この地にお世話になっているお寺は無く 妻の件でキリスト教の牧師にお世話になり 葬儀もお願いしたので おっさんは仏壇などは置かずに キリスト教式にする事としたのです キリスト教では仏教の仏壇のように決まりきったものはなく 自由に記念コーナーとして棚などに写真や故人が好きだったものを並べたりするそうで それに倣う事としたのです 引越しの可能性が有ったので これまでは粗末な記念コーナーでしたが 引越し後 しっかりしたものを作ろうと思っておりましたが 何やら忙しくて引越ししてから一ヶ月も過ぎてしまいましたが 一周忌前には作ろうと決めました おっさんは画像の様なコレクションケースを購入して ![]() そこに遺骨や遺影、写真、妻の好きなものを置こうと考えていました 埃などから守れるのが大きな理由です 一ヶ月ほど前にジョイフルAKに行き その様な品を見つけたのですが 欠品で入荷は7月中旬となっていて 本日、行ってみると入荷していて すぐに店員さんに用意して頂きました 台車に載せてバックヤードから運んでくださいました おっさんは台車のままレジに行きお支払い そして台車のままマイカーに行きました 商品は2個口になっていて 1つずつ車の荷台に載せたのですが一つ一つが重たい これ 組み立てて一つになったら一人じゃ持ち上がらない 不安が過りましたが もう購入したんだからと自分に言い聞かせて自宅に向かいました 自宅に到着 しかし集合住宅の上階に有る部屋まで持っていく事を考えると やはり重さが気になり おっさんが持っている小さな台車ではバランスが悪いけれども縦に載せて運搬しなければならず しかし大きなガラスなので倒しでもしたら割れてしまう 部屋に置いてある台車を取りに行きましたが 部屋に入り考えました 引越しの際に 一人で動かす事の出来ないような家具は売却したんです 若くは無いし今後を考えると不安が有ったので にもかかわらず 一人で動かせないような家具を購入して良いものか悩みました 妻の遺骨・遺影を見ながら 結論 返品しよう そして コレクションケースと同じように物が置ける 一人でも動かせる そんな棚を買う 購入してから30分ほどで返品です せっかく店員さんがバックヤードから出してきてくれたのに なんども謝罪して返品 代替の棚は謝罪の意味を込めてそこで買いました 木製で一人でも楽に持ち上げる事が出来るものにしました 直ぐに帰宅して組み立て開始 軽いので簡単に完成 組み立て中 妻の遺骨と遺影に向かって 結果この棚にするなら引越し前でも良かったよね もっと早くにしっかりした記念コーナーに出来たよね ごめんね と謝りました 早速、完成した棚に遺骨と遺影、写真を並べました まだ引越し後開けていない段ボールには 記念コーナーが出来たら並べようと思っていた品が有るので また来週の定休日に記念コーナーを完成させたいと思います コレクションケースのように扉は無いので まめに埃をとろう 一周忌前に完成できそうなので良かった (キリスト教には仏教のような法要は有りませんが) 今日はそんな感じで バタバタと時間が過ぎたので 悲嘆は軽減している様に感じておりましたが 夜になり ブログを書いていると。。。 ーーーーー 一年前 2025年7月30日 朝早く 前日、妻からのSMSにあった森永200について調べ ちゃんと200kcal有る事が分かり 200kcal有るんだね 味も濃くなくて食べやすそうで 毎食食べる事が出来たら結構な栄養補給になるね しっかり食べてね とSMSで送りましたが 妻からの返信は無く 【注意】 熊本で震災が有りました 直接関係は有りませんが不謹慎な事を書いてしまうので 嫌な方はこの先を読まないようお願い致します この日 SMSを送信して間もなく カムチャッカ半島付近でマグニチュード8.8の大きな地震が有りました 北海道の太平洋側では津波警報が発表されました 全身状態が悪い中 妻から送られてきた写真にはパルスオキシメーターが写り込み そして翌日には妻が不在の術医との面談が予定されていて 死を覚悟している中の津波警報 おっさんはいつも通り職場に行き仕事を始めました 周囲のお店などは津波警報により閉店していました 元旦くらいしか休まないドラッグストアですら閉店 報道にて釧路では 高台などに避難している人々の映像が流れ 後にお客様などから多くの方々が避難していた事を教えて頂きました おっさんは 本当に巨大な津波が押し寄せて 妻もおっさんも飲み込んで欲しいと考えていました 妻の死を覚悟していたので それが我が夫婦にとって理想的な終わり方だと思いました なので おっさんはいつも通りに行動していたのです 当然と言えば当然ですが 予約のお客様は皆キャンセルでした それでも 職場でデスクワークを続けました しかし 結局、おっさんが望む様な巨大津波は襲来しませんでした 心底ガッカリしました (大変不謹慎で申し訳ありませんが、その時の本当の気持ちです) 理想的な最期とはならず 今、おっさんだけが惨めにこの世に残り 命根性汚く生き続けています 翌7月31日は 記憶の中で最も長く感じた一日でした 今にして思えば 妻にも辛い思いをさせてしまいました 明日は記念日悲嘆により悲嘆は増すでしょう 分かっているなら対処できそうに思いますが 知見を得てもどうにもならないのが悲嘆です それを身をもって感じています にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.07.29 |
2025年7月29日
たった10年で再び震災に見舞われた熊本 お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします ーーーーー 良くない事が続いています 事業に関して 理不尽な判定でネット広告がストップし 経営にダメージが有ります これはAIを信じてしまった愚かな結果ですが Googleカレンダーの事業に関するデータが消失しました プライベートでは 記念日悲嘆が続き 気持ちの乱高下が酷く 一人でいると自暴自棄になりそうです そして 先週、遠方に有る妻の実家の解体の様子を確認しにマイカーで行った際 飛び石によりマイカーが傷つき 想像以上の修理費を要する事になりました こんな経験は初めてです 何も良い事が無い この世から消え失せたくなります ーーーーー 一年前 2025年7月29日 毎朝、遺骨と遺影に話しかけておりますが 一年前の7月29日から2週間しか生きる事が出来なかったんだね と話しかけると それ以上、言葉が出て来ず 涙が溢れました 朝 9日ぶりに妻からSMSが有りました 高カロリーゼリーの写真 キウイ味 栗味 の2枚の写真と共に おはようございます。初めて出た。森永200。昼楽しみにしているから。 というメッセージも有りました なんて健気なんでしょう 退院する 生きる そのために おっさんの助言通りに栄養を摂ろうと頑張っている その姿勢に心打たれました 翌々日に妻不在の術医との面談を控えておりました 面談でおっさんに死の告知が有ったなら 妻には伝えないつもりでいました なので面談の予定はおっさんからは妻に伝えていませんでした この時点で、医療スタッフから面談がある事が妻に伝わっていたのかは分かりません しかし 妻の退院する、生きる、そのために健気に頑張っている姿勢に心打たれ 術医との面談は死の告知とは限らないと望みを持ち 妻に前向きに おはよう。楽しみになるなんて良かったよ。しっかり食べてね。今は何よりも食事が大事だよ。 メッセージありがとうね。明後日いくから欲しいものが有ればリクエストしてね。 生ものはダメだけど。 と返信しました 妻からは返信は有りませんでした 結果的に この妻からのSMSは ちゃんとした文章のSMSとしては 最後になってしまいました 妻の姿勢に心打たれ 面談は死の告知とは限らない と望みを持ちましたが 高カロリーゼリーの写真を見返すと パルスオキシメーターが写り込んでいて 全身状態が悪化している事が分かり きっと酸素投与も始まっていたでしょう そんな状態でも助言通りに栄養を摂ろうと健気に頑張り SMSを送信してくれて 望みを持とうと思いましたが 写り込んだパルスオキシメーターを見て すぐに望みは絶たれたように感じました こんなに健気に頑張っていた妻 なぜ妻が死を突き付けられ辛く苦しい思いをしながら死なねばならなかったのか あまりに残酷で惨くて酷い 繰り返しになって申し訳ありませんが そんな思いしか有りません 涙は枯れる事が無いんですね にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.07.28 |
2025年7月28日
数日前から 気持ちの乱高下が激しいです 特に一人で過ごしている時間の落ち込みが自分自身でも酷いと感じます 昨日はブログで神様仏様に無礼な文言を書いてしまいました 不快な思いをされた方がいるなら申し訳ありません ただ その無礼は昨日抱いた素直な思いです 退院する 生きる そのために健気に頑張っていた妻 その姿を思い返し なのに死という辛苦を突き付けられ なんて惨く理不尽なのだろうと思わずにはいられませんでした それでも 死生観を変える必要が有るという思いは変わりなく そのためには今のところ信仰について学ぶしか手段は無いと考えているため 無礼な態度をとってしまいましたが 学びは続けたいと思います ーーーーー 一年前 2025年7月28日 月曜日でした この日に絶望の電話が鳴りました 術医からの電話でした おっさんと面談がしたい という電話でした 妻が含まれていませんでした 鈍いおっさんでも分かりました 死の告知が有るのだろうと 休日の7月31日13:00に面談の予定を入れてもらいました 頭が変になりそうでした というか変になっていたかもしれません どうしていいか分からず 相談できるところをネット検索しました カウンセリングなどではなく 宗教家に相談すべきと考えました 検索結果は 仏教が一件 キリスト教が一件 日本人なら仏教が良いのだろうと考え すぐに電話しました 車で一時間程度の遠方のお寺でした 仕事が有ったので休日に相談の予約を入れる事にしました 休日である7月31日は13:00から医師との面談が有るため 10:00からの予約としました 信仰心など無く むしろ信仰を否定して生きてきました しかし 死について相談すべきは宗教家と考えたんですね 頭が変になっていたので、どの様な思考プロセスでその結果に至ったのかは自分でも分かりません しかし 今のところ、その考えは誤りでは無かったようです 今でも妻の死は後悔ばかりですが 今もお世話になっている宗教家と出会わなければ 更なる大きな後悔を抱えた事でしょう この日も妻からSMSは無く 妻からのSMSは7月20日に途絶えたまま こちらからのSMSは26日まで既読にもならず そう言えば思い出しました 7月17日か24日か、または別の日か記憶が曖昧ですが 面会時に妻が 「私がどういう思いで過ごしているか分からないでしょ」 と話しました おそらく、おっさんは既に死を意識していた頃だと思うので 24日の面会時だったかもしれません 熱発が有り頼みの綱の中心静脈栄養が外され 呆然と立ち尽くした日 死を意識していたおっさんは妻の言葉に動揺し 「どんな気持ちで過ごしているの?」 とオウム返しに聞き返す事しか出来ず 妻からは返答は無く 殆どネガティブな発言は無かった妻でしたが それ故、ネガティブな発言が印象的で しかし 最も辛いネガティブな発言は 7月31日の医師との面談後でした 今にして思えば 自分抜きの面談が行われたのですから しかも長い時間 死の告知が有ったのではないかと妻も想像したのでしょう 一年前を思い返し この世から消え去りたくなります にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.07.27 |
2025年7月27日
公私ともに心理的にプレッシャーを感じる出来事が続いています 本日は公私ともにスケジュール管理で使用しているGoogleカレンダーのデータを削除してしまい 途方に暮れていました 削除されたのは、事業の予約のみですが このダメージは大きいです 念のため未来の部分はバックアップをしていたのですが 過去の予約データが全て消えてしまった Googleなので geminiの助言なら間違いないだろうと高をくくってしまいました 無料アカウントのカレンダーと 有料アカウントのカレンダーが 勝手に同期していて geminiの元のデータは有料アカウントのものだから無料のカレンダーを削除しても大丈夫 という言葉を信じ 無料アカウントのカレンダーデータの削除をすると 有料アカウントの予約データも全て消失 典型的なバカですよね AIを信じて大失敗するパターン サポートに復元できないか問合せ中ですが 無理っぽいな。。。 2024年末まで紙のスケジュール表での予約管理をしていて 1年に2~3度ダブルブッキングをしてしまっていて お客様に多大なるご迷惑をお掛けしてしまい 2025年1月からGoogleカレンダーによる予約管理に移行し その後は1年7ヶ月でダブルブッキングは一度のみ (0になっていないのが自分自身怖いところですが) しかし、1年7ヶ月分の実績が全て消失してしまい 色々重なって自暴自棄になりそうです 情けない話ですが。。。 ーーーーー 一年前 2025年7月27日 前日は久々に既読になりましたが 妻からのSMSの頻度は減り おっさんからもSMSは送りませんでした 妻に余計な気を使わせたくなかったので 昨年の夏は暑く ポータブル扇風機の差し入れは既にしておりましたが 妻の状態を考えると自分での操作は難しいと判断し (そもそも看護師により差し入れたままの状態でクローゼットに置かれたりしていて怒りを覚えたりで) この日、ポータブルではない据置の小型扇風機と延長コードを用意して病院に行きました 病院では暑さを訴える患者には病棟所有の小型扇風機が貸し出され病室に置かれていましたが 妻は看護師に暑さを訴えていなかったのでしょう 妻には貸し出されておらず 持って行って正解でした 病棟所有の扇風機と混同しないように名前を書くよう看護師に言われ マジックペンを借りて妻の名前を書きました 妻の名前が書かれた扇風機は今、職場に有ります その後は看護師が持参した扇風機を使ってくれるようになり 全身状態が良くない中、暑さをしのげたのは良かったです それでも暑かったです 去年の釧路の夏は この時は、小型扇風機と共にミニトマトなども差し入れた筈です 死を覚悟しつつも まだ死を告知されていなかったので わずかな希望を持って 出来る事はやろうと思っていました 6月26日に倒れてから 自分なりに全力でサポートしておりましたが 死を覚悟してもその思いは変わりませんでした しかし次の日 絶望の電話が鳴りました 神様仏様 なぜ妻なんでしょうか 妻は普通に生きてきたんです 53歳で亡くならなければならなかった妻の罪とは何でしょうか? 早死にしなければならないような悪い事なんかしていません その妻がなぜ死に直面し辛く苦しい思いをしながら亡くなったのでしょうか? 妻より長生きしている悪人なんか、この世にゴロゴロいますよ それは見逃すんですか? それなのに妻は53歳で死んでしまったのが運命なんですか 神様仏様が 慈悲深い? 寛大? 本当ですか? 私にはそのように思えません 無礼と思うなら さっさと私も殺してください にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.07.26 |
2025年7月25日・26日
遠方に有る妻の実家の解体が始まり 定休日だった7月23日朝早く進行状況を見に行きました 想定外に進行が早かった事と 平日の作業中ではじっくり見る事が出来なかったため 今朝は9時から仕事で、それに間に合うように早朝見に行こうと思ったのですが 昨日、夜のお客様がキャンセルとなり すぐに出発すれば何とか明るいうちに到着できそうだったため 昨日夕方、妻の遺影を持って実家に向かいました やはり作業の進行は早く 家屋内のものは殆ど無くなっていました 養父は物を捨てる事が出来ず(もったいない精神で) 物で溢れかえっていた妻の実家ですが 物が無くなった妻の実家は広く感じました 今まで見た事が無かったお風呂場でしたが 今回、初めて見る事が出来ました 築51年 内装のリフォームはしておらず 当時はユニットバスではなく タイル張りの浴室にステンレスの浴槽が埋め込まれている 当時の典型的なお風呂場で 妻が25年住んだ実家 (途中、遠方の学校に進学して3年間下宿生活をしておりましたが) 物が無くなったため、その全貌を初めて見たように思います ※養父が入院→施設入所となった後に、妻と片付けに通いましたが、お風呂場はゴミだらけだと妻から聞いていたので、怖くて見る事が出来なかったのです 妻の遺影(小)を持って家の中全体を見て回りました 遺影に語り掛けながら あの状況なら 明日には中の残置物はすぐに無くなり いよいよ建物の解体が始まるでしょう また、定休日の木曜日は見に行こうと思っておりますが 想定よりも進行は早いと頭に入れて ショックを受けないように構えて行こうと思います (思い出深い妻の実家が無くなっていく様は悲嘆が増強するので) 昨日は予定外に妻の実家に行き帰りは夜だったので ブログの投稿は出来ませんでした ーーーーー 一年前 2025年7月25日 前日、点滴ルートからの感染疑いにより39℃の熱発が有り 頼みの綱の中心静脈栄養が絶たれ 呆然と立ち尽くし 死を覚悟しました 妻とは会話は問題無く出来ておりましたが内容は覚えておらず 真のパニック状態になったのでしょう 1週間前の7月17日 術医との面談が有り 術医は前向きな言動で その後も、看護・リハの退院を見据えた言動も有り 希望を持とうと考えておりましたが たった1週間で死を突き付けられたように感じました 辛く苦しいのは 39℃熱が有っても 妻はおっさんの助言を受け止め 高カロリー飲料と牛乳を割れば何とか飲めるとの事で 妻の希望通りに割ったものを作って冷蔵庫に置いてきたんです おっさんの助言通り何とか栄養を取って 退院する 生きる その健気な姿勢に 余計に辛さ・苦しさを感じてしまいます 本当に健気に頑張っていた それを思い出すと ブログを書きながら涙が流れます 一年前 2025年7月26日 7月20日を最後に おっさんのSMSが既読にすらなりませんでしたが (7月24日には面会しておりますが) この日、6日ぶりにSMSが既読になりました スマホを触れない位の脳へのダメージを心配しておりましたし 前々日には39℃の熱発が有ったので 既読になった事に安堵しました 既読を確認後 既に差し入れていた高カロリーゼリーは食べる事が出来る? 食べる事が出来るなら追加で持って行くよ アナタのいない生活は楽しくないよ 退院できるようにゴハン食べてね と送信しましたが 既読にはなりませんでした 既におっさんは死を覚悟しておりましたが 告知が有った訳では無いので 僅かに希望を持ちつつ 妻にも希望を持って欲しかったので 術医は面会時に原因不明の炎症反応について検査を続けると話しておりましたが 検査では分からずで 後の経過から、この時点で術医は助からないと考えたのでしょう そんな状態でも面会のルールを守らなければならず 週1回20分まで というルールは酷に感じました 健気に頑張っていた妻 それを思い出すと辛く苦しくて頭がどうにかなりそうです でも、もっともっと辛く苦しかったのは妻なんです おっさんの辛苦とは比べ物にならない これまでも何度かブログに書いておりますが グリーフケアの専門書には 記念日悲嘆 というものがあると 命日などが典型ですが 何か有った日になると悲嘆が増すというものです 7月17日以降 おっさんにとっては毎日が記念日悲嘆ですが 人と会っていると相手を不快にさせないように振舞うよう意識し そして一人の時には 妻の辛苦はこんなものではない 妻の辛苦に寄り添うんだ という思いで日々過ごしています 本当におっさんの助言を素直に聞き健気に頑張っていたんです その妻を助ける事が出来なかった にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.07.24 |
2025年7月24日
自分的には人と会っていると 相手に悲嘆を感じさせず、自然に振舞えるようになったと思います 実家にお邪魔すると いつも父の妻が食事を用意して下さるのですが 先日、父の妻の誕生日だったので 調理をお休みして息抜きして頂くべく お高めの仕出し弁当を購入して持って行き 誕生日を祝いました 軽度認知症の父は相変わらず たった2~3時間の間に何度も再婚の話をしますが その都度 妻が亡くなって一年経っていないんだよと伝え 父が そうか、まだそんな経っていないんだ というやり取りが繰り返されます 当初は、認知症とはいえ父のその言葉に憤りを感じておりましたが 悪気は無く おっさんを心配してのことだと思うようにして 諦めるようにしています 妻が亡くなって数ヶ月間 おっさんは父の言葉に憤り強く反論していた事で 父の認知症を悪化させていたようです おっさんは父にとって不快な存在となっていたようで 実家にお邪魔しても おっさんの言葉を無視したり おっさんを見るなり怪訝な表情になったり 妻の遺影を出すと「いつまでそんな事してるんだ」と言ってみたり しておりましたが 諦めて柔和な対応をする様になると 父も穏やかに対応してくれるようになり 父の認知症は自分を映す鏡なのだと感じています 頑固で唯我独尊 父と同世代から上の世代の男性の特徴です 医療機関勤務時 多くのその様な男性を見てきました その様な男性の退院調整 退院後に介護サービスやリハビリが必要な場合でも そんなものは必要無いと 家族や医療・介護スタッフを困らせる方が多かったです お子さんなどの 「頑固だから。。。」 「言う事を聞いてくれない。。。」 という嘆きを何度も聞いてきました 父もその様な側面は有ります しかし 数多くの高齢男性と接してきて その世代の男性の中では 父は随分柔軟な方だと思うようになってきました 関係の有る唯一の血縁者 平穏に過ごして欲しいと願っています ーーーーー 一年前 2025年7月24日 数日前の投稿で書きました 妻が亡くなった8月12日 余命が長くない事を告げられた7月31日 術医からの説明時にデータを見て死を意識した7月17日 この3日は 辛く苦しい出来事が有った日として忘れる事は無い と 7月24日は 呆然と立ち尽くした日として この日も忘れる事は無いでしょう 前回の面会から1週間 妻からのSMSは前日まで3日間無く 面会制限が長く感じた1週間でした 脳へのダメージが心配で 看護師に手紙を書き持って行ったりしていて 不安が募る中、面会に行きました 面会に行くと 39℃の熱が有る と伝えられました 病室には術医も訪れ説明が有り 点滴ルートからの感染が疑われ 点滴ルートからの感染の場合、中心静脈栄養が感染を悪化させる可能性があるため 中心静脈栄養をストップする 栄養は末梢からの点滴のみとなる との事でした そのまま術医により中心静脈栄養が抜去されました 極度に栄養状態が悪く 何とか経口摂取して欲しいと カットフルーツやミニトマト、塩辛、高カロリーゼリーなどを差し入れ 妻にも遠慮せずにスタッフに何でもリクエストして良いんだよと伝えるなどしてきました それでも経口摂取は進まず 一週間ぶりの面会で、到着して間もなく頼みの綱の中心静脈栄養が外され 抜去中、邪魔になるかと思い病室を出て廊下で待っておりましたが 頼みの綱が絶たれ 呆然と立ち尽くしていました 1週間前の7月17日 術医により病状の説明が有り その時にモニターに映ったデータを見て 死を意識してパニック状態になりました しかし 退院を見据えた看護・リハの対応により 希望を持つようにしておりましたが それから1週間の間に 妻からのSMSは途絶え 脳へのダメージも懸念され そして感染による熱発で頼みの綱も絶たれ 希望も絶たれたように感じ 呆然と立ち尽くしたのだと思います 中心静脈栄養の抜去が終わり 病室に戻りましたが 術医と話をしたと思いますが全く記憶が有りません おそらく、熱が下がれば中心静脈栄養は再開できるんですよね とかは質問したと思うのですが全く記憶が無い 呆然としていたためか記憶が曖昧ですが 妻とは普通に会話出来ていたはずです もちろん、全身状態が良くない中で39℃も熱が有るのですから体調は悪そうでしたが 会話には問題は有りませんでした (内容の記憶は曖昧) しかし、スマホを触っているような形跡はなく (充電器に繋がったまま枕元に置かれていた) SMSが既読にならないはずです きっと、妻にはメッセージ送っているから見てねと言ったでしょう ベッド周囲には前々日に妻に渡すようお願いし詰所に置いてきた ポータブル扇風機 高カロリーゼリー 下着 これらが見当たらなかったので探すと 詰所に渡した時に入れていた袋に入ったままクローゼットに無造作に置かれていて これには怒りが湧いてきました 詰所に渡した日 SMSが無く認知機能が心配で、看護師宛てに手紙も書いて口頭でも説明したのに 何の配慮も無くクローゼットに置かれたままだったんです 妻がお世話になっているので怒りを抑えましたが この件は詰所に改善をお願いしました 妻とは何を話したのか。。。 病院食として出されていた高カロリー飲料と牛乳 高カロリー飲料単品だと美味しくなくて飲めないが牛乳と割れば飲める との事で 空いたペットボトルを使って割ったものを冷蔵庫に入れました その旨、看護師にも伝えました また、高カロリーゼリーを買ってきて冷蔵庫に入れてあるので、それも試してみて欲しいと看護師に伝えました 妻の冷蔵庫には手を付ける事が出来なかった 病院食の野菜ジュース・果物ジュース・高カロリー飲料・牛乳がたくさん入っていました そして、私の舌はおかしい 全く病院食が美味しいと感じない とも話していた筈です 全く、経口摂取が進んでいない事が分かりました 希望が絶たれ呆然と立ち尽くした日 7月24日 我に返った後 本当のパニック状態に陥りました 死を覚悟しました にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.07.23 |
2025年7月23日
解体業者が残置物の運び出しをしていると聞いていたので 休日の今日、早起きして妻の実家に行ってきました 家が近付くと、いつもと違う光景が。。。 なんと すでに物置代わりにしていた古い家屋が無くなっていました 今年2月撮影 ![]() 今朝撮影 ![]() 現場で作業している方がいらっしゃったので 声を掛けました 「もう物置解体したんですね」 (決して責めるようにではなく) 「家の中のもの出すには物置があると出せないもんで」 との回答でした 確かにと、納得 それにしても 想定外の進行状況に驚きました 家屋も 妻の部屋が有る2階部分はすっかり残置物は無くなり ![]() 妻が暮らしていた痕跡は無くなっていました きっと一人だったなら そこで泣いてしまったでしょうが 作業している方々がいたので冷静に写真撮影し 作業の邪魔にならないように早めに退散しました いつ頃、作業が終わるのか聞くと お盆は過ぎるのではないか との事で 作業が完了するまで 定休日は早起きして妻の実家を見に行きたいと思っております ーーーーー おっさんの院に最近通い始めたお客様との話 その方も50代の配偶者を5年ほど前に亡くされたとの事でした 葬儀ではお寺にお世話になり その際に僧侶が話してくれたそうです (仏教では輪廻転生によって生まれ変わるという教えが有名ですが) 生まれ変わる際に複数の選択肢が有り 魂はその中からこの人生を選択したのだ 仮に、生まれてすぐに亡くなったとしても 複数の選択肢の中で、その人生が最良だったのだ 僧侶の話は、そのような内容だったそうです 仏教の公式の教義なのか 僧侶の遺族への配慮なのか 定かでは有りませんが 若くして配偶者を亡くしたその顧客にとって 悲嘆が軽減できたのではないか その様に思いました 若くして亡くなってしまったが その魂にとっては最良の選択だったのだ そう思えば 少しの救いにはなりそうです ーーーーー 一年前 2025年7月23日 前日、前々日と妻からSMSは無く 脳へのダメージが心配になり 前日、看護師宛てに手紙を書き持っていきました この日も おっさんは朝からSMSを送信 前日、差し入れたポータブル扇風機の充電について 妻が持っていたイヤホンの充電器(USBーC)で充電できるからね とか 扇風機の操作方法を書いたり とか 明日、面会に行くよ とか 前日よりは気温は下がるけど釧路にしては暑いからね とか 差し入れのリクエストがあるなら教えてね とか 送信したのですが この日も既読にならず ますます不安が募りました この頃だったと記憶しておりますが 夜、仕事が終わりマイカーで自宅に帰った時 自宅の目の前の道路で 前方に停車している車が有って 助手席から人が降りました おっさんの進路を塞ぐような形になっていたので 人を降ろして発進するんだろうな と思い、その車の後ろにつきました しかし、いつまでも発進しないその車 そして後進の際に点灯するライトがつきました おっさん意味が分からず クラクションを鳴らすと運転手が降りてきて おっさんの車の左隣に有る駐車場にバックで入れるから下がれ! と言いました おっさんには、その車がその駐車場に入る事など分かる訳が有りません (ルールやマナー的には、左に寄せて停車し、後続車を先に行かせてから駐車場に入れるべきでしょう) おっさんは妻の事も有り強いストレスが掛かっていたからでしょう その運転手の理不尽な要求に対し 大きな声 というか 怒鳴ってしまいました 相手は怒鳴り声で反論されるとは思っていなかったのでしょう 怯んだ様子でしたが おっさんに下がれの一点張り 面倒臭くなったので 下がってやるから早く入れろ と怒鳴り声で言いました そそくさと車に戻る運転手 その駐車場は、おっさんの駐車場と10mほどしか離れていません おっさん、その後マイカーを駐車場に入れると 先ほどの運転手が近くにいました そこでも怒鳴り声で運転手に向けて 「自動車学校に行って交通ルール学び直してこい!」 と言いました 逃げるようにいなくなった運転手 その数週後、引っ越ししていなくなっていました あの頃の精神状態なら 相手が怒鳴り返してきたりすれば 傷害事件になったかもしれません 妻が亡くなってからは 外を歩く際は何かに怯えるようにいつも下を向いて歩くようになってしまいましたが 色々重なっています 妻や養父母との思いで有る実家の解体が想定外に進んでいたり ネット広告が理不尽にも不承認となって事業へのダメージになっていたり 過去の数々の嫌な事を突然思い出したり ここ1~2ヶ月ほど 一人で居て何かを思い浮かべる度に 自分に向かって 「ばーか」 「死ね」 と何度も口に出して言ってしまうようになりました 言霊は有るっていいますよね あの世の妻が「早くこっちにおいで」と言っているような気がしてなりません にほんブログ村 日々の出来事ランキング |
| 2026.07.22 |
2025年7月22日
いよいよ 遠方に有る妻の実家の解体が始まります 妻の養父が亡くなった後 妻が実家を相続し それ以降、火事でも起きてご近所さんに迷惑でも掛けたら大変だ との思いから 妻は度々、解体したいと話していて 亡くなる数日前も解体したいとの訴えが有り 妻が存命中に解体に向けて動き出しましたが 業者などの都合も有り、今まで延期していて それがいよいよ解体が始まる事となり 可能であれば、解体される様を見たいとの思いから 業者には工程を教えて欲しいと依頼しましたが 業者が手掛ける仕事は多数有って 他の仕事との兼ね合いも有るため なかなか工程を事前にハッキリする事は出来ない との回答で 確かに 他の大きな仕事の合間に解体を進めるのでしょうから それも止むを得ない事です しかし 一週間単位である程度の予定は伝えて下さるとの事で 本格的に建物の解体が行われるのであれば それがおっさんの休日以外でも 早朝か夜にでも見に行こうかと考えております 既に解体に向けて家屋内の残置物の運び出しは始まっているようで 明日は定休日なので早起きして様子を見に行く予定です 妻の存命中に解体する事は出来なかったので 思い出深い妻の実家の解体は、先延ばししても良いか と考えた時期も有りましたが やはり、妻の意志を尊重すべきと思い直しました 妻 養父養母 3人が暮らした家 それもなくなってしまいます 孤独に生きていくんだ という現実が身に沁みます ーーーーー 一年前 2025年7月22日 前日のこちらからのSMSは既読にならず この日は朝からまたSMSを送信しました 記録から、この日の予想最高気温は高かったようで (そもそも昨年の釧路の夏は過去にない暑さでしたが) ポータブル扇風機を持っていこうか? 高カロリー飲料が飲めないなら、高カロリーゼリーはどう? チョコとか食べて良いなら持っていくよ 遅くなるけど差し入れるね と送りましたが既読にならず 脳へのダメージが心配になり SMSが既読にならない現状に脳へのダメージが有るかもしれないので声掛けして欲しい と看護師宛てに手紙を書きました そして ポータブル扇風機 高カロリーゼリー 汗をかいているだろうから下着 に加えて 看護師宛ての手紙を持って 病院に行き詰所に渡しました その際に 数日前に差し入れた塩辛について 生ものは食中毒のリスクが有るから控えて欲しい と伝えられたため 確かにそうだと納得し 持ち帰る事にしました 対応した看護師に手紙に書いた脳へのダメージについて話しました 記憶が有りませんが 看護師は気にしていなかったのかもしれません 特に体調が良くない等の報告も無かったように思います 差し入れた後 妻にその旨SMSでお伝えしましたが やはり既読にはならず 結局、既読になったのは7月26日でした 記録を読んでいると 辛く苦しくなって涙が流れます まるで当時の気持ちに戻ったかのように 昨日書きましたが 最近、嫌な事をされた記憶が突然蘇ってきます それによって悲嘆は更に強まり 嫌な事をした相手を探し出して 殺して刑務所にでも入ろうか なんてバカな考えも浮かびます ただ 希望も無く孤独に生きていくのであれば 刑務所に入るのも悪くはなさそうだ とも考えてしまいます まあ 普通の精神状態じゃない事は確かなようです まともでいられるのは 人に会っている時と 酒を呑んで眠っている時だけ そういえば学会に向かう時と参加中も大丈夫だった 一人で居るとおかしな思考が肥大化しているようです にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |
| 2026.07.21 |
2025年7月21日
一時は、妻との何気ない日常の夢を連日みていた事も有りましたが ここ一ヶ月ほどは夢自体を見る事が無くなっていた事に気付きました なぜ気付いたのかというと 今朝、久々に夢をみたからです 記憶が曖昧で内容は覚えておりませんが 妻の夢だった事は間違いありません 起きた時に泣いていたので、良い夢ではなかったようです 夢をみることが無くなった一ヶ月 嫌な出来事を思い出すようになってしまいました (妻との関連は無い出来事です) 特に嫌な事をされた記憶が突然蘇ってきます それは30年も前の出来事だったりで すっかり忘れていた記憶も多々あります 当然、嫌な気持ちになり 悲嘆も相まって鬱々とした気分になっています ーーーーー 一年前 2025年7月21日 朝から妻にSMSでメッセージを何通か送りました 昨年の釧路の夏は暑かったので 窓の開け閉めを遠慮せずに頼むんだよ とか 食べたいものが有れば遠慮せずに伝えてね 差し入れるから とか 水は有りますか とか スタッフにはもちろん、オレにも気遣い不要ですよ 夫婦なのだから助け合うのは当然だから 今まではオレの方が助けられてばっかりだったし とか 送ったのですが 既読になったのは数日後でした この日から極端にSMSの頻度が減り スマホに触ってすらいないのでは?と思うようになりました 前日はSMSのラリーも続き 看護やリハは退院を見据えているんだと希望を持つようにしておりましたが スマホに触ってすらいない現状に 全身状態が悪く、脳にも影響が有るのか? と考えるようになりました この日以降の記録やSMSのやり取りをみていると 涙が止まらなくなります 突然、過去の嫌な出来事も思い出すようになり 悲嘆は強まって 更には順調だった事業も理不尽にネット広告が不承認となり 妻のもとに行きたい という思いが強くなっています (自死はしません) にほんブログ村 日々の出来事ランキング ![]() |














