山形牧師の部屋 - 記事一覧
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| 発行日時 | 見出し |
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| 2026.04.05 |
この人を 見るなら奇跡 始まるよ!
2026.4.5 今日はイースター(復活祭)
釧路イオンシネマで、 「キングオブキングス」を上映しています。 これは、世界一有名なヒーロー イエス・キリストの物語
火曜日までは、午後3時半から 水木は、午後2時から。 一日一本上映です。 春休み中です。
私は、今日の午後、 釧路市内の牧師仲間から メールで 知らせていただくまで 知りませんでした。
多くの釧路市民の皆様が 釧路イオンシネマで ご覧になって イエス・キリストの 生涯について 知って、信じていただけると 感謝です。
ちなみに イエス・キリストは実在の人物です。
私は浄土真宗の家庭で生まれ育ち 「南無阿弥陀仏」を18年間唱えてきましたが
「阿弥陀さん」は歴史的に実在した 人物ではなく あくまでも架空の存在で 想像上の存在であることを知って ひどく驚きました。
架空の存在、想像上の存在に向かって 「南無」=「自分自身の生涯をゆだねて信じる」ことは 自分には、とてもできないことだなあと 思いました。
一方イエス・キリストは歴史的に 実在するだけでなく この私のために 十字架で死んで蘇り 歴史を越えてパーソナル(個人的)にも 信じる人の心に生きて働いて 希望と喜びと感謝と生きがいを与えてくださる お方だと確信して 信じたのが 18歳の時でした。
私は 30年ほど前 イスラエルの死海沿岸で 日本人の高校数学教師Aさんに会いました。
Aさんが 「ひろさん、キリストって 実在したんですか?」 と真顔で質問されたので
「もちろん実在しました。それではご一緒に キリストがさまざまな営みをされた場所を 一緒に巡りましょう。」 「ぜひ、お願いします。」
Aさんは キリストの復活を 歴史的も 立証する根拠となっている 空っぽの墓を見て
Aさんは 「これは数学的にも否定できない事実です!。」 そのように宣言されて
アラブ系の格安ホテルの ロビーで イエスキリストを 自分の罪からの救い主と 信じる告白をされて 帰国後 高校教師に復帰されました。
Aさんは それまで高校教師をしながら 「真理を求めて」一旦 教師をやめて 1年以上世界を巡って 世界中の宗教や哲学の聖地と 呼ばれるところを 巡って真理を探究されていましたが 最終的には キリストの空っぽの墓の前で 最終結論としての 「真理」はキリストであると 確信されたのでした。
人間にとって 最終的な敵ともいえる 死の力を持つ 悪魔に勝利された 復活のキリストを信じると 人生に 新しいいのちが吹き込まれます。 そして 人生が変えられます。
イエスキリストの生涯は 生誕1000年以上前から
何度も生まれることや 何のために生まれるか どうやって死なれるか 等々数多く預言されて
処女から生まれ 死人をよみがえらせたり 湖の上を歩かれたり
十字架で私たちの罪を背負って 死んで葬られた後三日後に 預言通り復活して 11回にわたり復活のからだをもって 人々の前に現れたりと 超自然な生涯を送られたお方
イエスキリストは 神のような人ではなく 人のような神でもなく
完全な神であり 完全な人として この地上を 歩まれました。
古今東西 このキリストに 匹敵する超自然的な 生涯を送られた方 はおられません。
「私は真理を求める」 と仰ったのはお釈迦さんでしたが 「わたしが道であり、真理であり、いのちです」 と仰ったのはイエス・キリスト
自分自身の消化器疾患(=おそらく食中毒) で亡くなれたのが お釈迦さんですが 私たちの罪と病と呪いを背負って 身代わりに刑罰を受けて死なれたのが イエス様
お釈迦さんは亡くなり 亡くなったことを 証明するかのように ご遺骨が「舎利」として 全世界の「仏舎利塔」で埋骨(分骨)されていると されていますが
キリストは復活したことを 証明するかのように 「遺骨なし」 「空っぽの墓」 「復活のキリストを見たとする多の人(500人以上)の証言」 が遺されました。
イエス・キリストは 今も目には見えませんが 生きて働かれて
信じる者とともにいてくださり 罪のゆるし 永遠のいのち からだのよみがえりの 希望を賜るお方です。
キリストが蘇らなければ 世界中に キリスト教会は存在しませんでしたし キリストが蘇らなければ 今NHKの朝ドラ「風、薫る」の 主人公のモデル 明治のナイチンゲール クリスチャン看護師(日本初のトレインド・ナース) 大関和(おおぜきちか)さんの 生涯もありませんでした。
父なる神が キリストを 死者の中からよみがえらせたことを 信じる人は 世界でおよそ32.9%いると 言われています。
4月の 新入学時期 「1年生になったら」 の作詞者 まどみちおさんも キリストの復活を 信じて 1931年22歳で 台湾で 洗礼(バプテスマ)を受けられました。
ニュートンも ガリレオ・ガリレイも ケプラーも パスカルも キリストの復活を信じる科学者でした。 今日も 科学者の中で キリストの復活を 信じている人は ノーベル賞受賞者を含めて 数多くおられます。
科学万能主義と言われる時代 キリストの復活は「非科学的」と言われますが 正しく言うと「超科学的」 と言えるでしょう。
筑波大学名誉教授を務められた 日本の分子生物学の大御所 村上和雄さん(1936-2021)は、 高血圧の原因酵素「レニン」の遺伝子解読に成功した 世界的権威であり、 人間の遺伝子は97%が眠っていると主張し、 進化論を真っ向から否定し 遺伝子の働きを人智を超えた存在 (偉大なる何か)」の働きと提唱し、 笑いや感謝が遺伝子をオンにすると説きました。 (著書『生命の暗号』など)
人智を超えた偉大な存在=イエスキリスト
ノーベル賞を受賞した二人の日本人科学者の対談本 「『大発見』の思考法」があります。
iPS細胞の山中伸弥さんです。
この本の最終章で、 神はいるのかというテーマで語り合っています。
「ところで山中先生は特に宗教を意識されたことはありますか。」
研究に行き詰まると神様助けて下さいって、 私そういのは節操がないんです。 生物学をやっているとそれこそ、 これは神にしかできないと思うようなことがたくさんありますから。」
ここ二十年くらいの間に クリスチャンになっている方々が結構多い。 子どもの頃からクリスチャンというのではなく、 五十歳前後になってから洗礼を受けられてるんです。 それは多分命と日々向き合っているから、 宗教や救いによりどころを求めたくなるんだと思います。」
進化論を信じていないと言われます。」
「そういう話を聞くと日本人は進化論を信じないなんて 怖いなぁと思うかもしれませんが、 実は、進化論を信じるのはある意味では 怖い事なんですよね。」
「はい、なぜなら進化論はまだ誰にも証明されていないからです。 なぜか日本人は人間は皆、 猿から進化したと信じていますが、 証明はされていない。 そのうちダーヴィンの進化論は 間違いだったという事になるかもしれません。」
・・・興味深い対談ですね。 皆さんはどう思われるでしょう。
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。 わたしを通してでなければ、 だれも父のみもとに行くことはできません。 (新約聖書 ヨハネの福音書14:6)
何はともあれ、 釧路イオンシネマで上映している キングオブキングスをご覧になって 翌週、日曜礼拝に 来られて 「映画を見て、もっとキリストについて 知りたいと思って 教会に来ました!」 という方にお会い出来たら 嬉しくてたまりません!
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| 2026.04.04 |
キリストの 復活祝い バプテスマ
2026.4.4 明日は キリストの復活記念礼拝
全世界のキリスト教会では
イエスキリストが死者の中から 蘇られたことをお祝いする1年間で最も 盛大なお祝いをします。
イースター礼拝とか 復活祭礼拝などと言います。
私たちの教会では 2名の方のバプテスマ式(洗礼式)が 礼拝の中で行われます。
あらかじめはられたお湯に 全身浸かります。 (一瞬ですが)
キリストともに死ぬ=ザブンと浸かる キリストとともに生きる=ザバッと起こされる
バプテスマ式は イエス・キリストを 自分の罪からの救い主として 信じてイエス様とともに生きる決心をされた クリスチャンとなった方が 神さまと人々の前で 信仰の誓いを立てる儀式です。
イエス様を信じると 罪赦されて天国へ行けます。
イエス様を信じて(信じるだけで)救われます。 救われたことを 公に証しするのが バプテスマ(洗礼・浸礼)であって バプテスマを受けることによって クリスチャンになるのではありません。
イエス様を信じることで クリスチャンになるのです。
クリスチャンになったことを 公に表すのが バプテスマです。
私は、浄土真宗の 家庭で生まれ育ったので バプテスマを受けることはできない イエス様を信じてクリスチャンになることは できない バプテスマ(洗礼)を受ける資格があるのは クリスチャンの家庭で生まれ育った人だけ そのように高校3年の時までは 「思い込んで」いました。
クリスチャンとしての 素養、訓練、修行を 積み切った人が バプテスマ(洗礼)を受けることが 許可される・・・そのように 勝手に思い込んでいました。
しかし どのような宗教的背景の中で 生まれ育った人でも また、どんな罪(強盗殺人等々)を犯した人でも 天地を創造された神の前に 自らの罪を認め 十字架で死んで蘇られた イエス・キリストを 自分の罪からの救い主として 信じるならば 信じるだけで罪赦され救われ(信仰義認と言います) 天国へ行けることを知って バプテスマを受けたのが 大学1年の春でした。
バプテスマを受けて 45年たちますが 後悔したことは 一度もありません。
バプテスマを受けるのに 早すぎることもなければ 遅すぎることもありません。
明日は10代と 50代の方が バプテスマを受ける予定ですが 現在89歳の方も 真剣に準備中です。
きれいに バプテスマ槽の清掃がなされました。
明日、感動の渦がわきおこることでしょう。
イエス様は
すべての人が イエス様を信じて 罪のゆるし からだのよみがえり 永遠のいのちの希望を抱いて バプテスマを受けられることを 願っておられます。
生まれながらの人間は すべて 創造主なる神の愛を受けながらも その創造主に背を向けています。
聖なる神の目から見ると すべての人間は罪びとです。 (ここでいう罪びととは 犯罪者と言う意味ではなくて、 神の前に的外れの状態のこと、をさします。) 罪をもったままでは天国へは入れません。 パスポートがないと諸外国へ入国できないように。
天国へ入れないということは 永遠の滅びへと自らを追いやってしまう 状態になることを意味します。
地獄とか、ゲヘナとか言われる状態 言い換えると神の愛から 完全に断絶、遮断された 永遠の魂の苦悩状態
神さまは聖なるお方なので 私たちの罪を 正しくおさばきに なるお方です。
それと同時に 神様は愛のお方なので 私たちが 死後裁かれて 永遠の滅びに行くことを 見るに忍びないお方です。
そこで 罪を犯した私たちを 赦して救いたい願いを 実践すべく 愛するひとり子イエスを この地上に お遣わしになり 私たちすべての罪の刑罰を 罪なき神のひとり子イエスの上に お下しになりました。
つまりイエス様は 私たちの身代わりに 犠牲となられて 十字架で刑罰を お受けになられたのです。
それでイエス様を信じる人は 誰でも イエス様が流された血に免じて 罪赦されて 天国へ導かれるのです。
数多くの善行や修行を積み重ね 土下座し 過去の罪をわびたからと言って また何かを念じたり 唱えたからとて 罪の問題は解決されず 救われません。
罪なきイエスキリストの 血による償い 代償が不可欠なのです。
救いは イエス様が 私のために 十字架で死んで蘇った事実を 信じることによってのみ 受け取られるものです。 (信仰義認といいます。)
何かをすることによって 救われるのではありません。
イエス様は 全人類の人の罪を負って 十字架におかかりになりました。
しかしだからといってすべての人が自動的に 救われるのではなくて あくまでも 信じる人だけです。 「信じます。」と応答した人に 限られます。
プロポーズに似ています。 両者の合意に基づくという点で。
神様は 私たちの自由意志による 応答を待っておられます。
教会はなぜこの世に 存在しているのでしょう。 クリスチャンはなぜこの世に 存在しているのでしょう。
それは第1義的には イエスキリストの福音(良い知らせ=十字架と復活による救いの知らせ) を告げ知らせるためです。
ですから イエス様は復活後に弟子たちに おっしゃいました。
それから、イエスは彼らに言われた。 「全世界に出て行き、 すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。 (新約聖書 マルコの福音書16:15)
しかし、信じない者は罪に定められます。 (新約聖書 マルコの福音書16章16節)
すべての人が イエス様の福音を聴いて 心開いて 信じて救われますように!
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| 2026.04.03 |
雪化粧 聖金曜日 主に感謝
2026.4.3 (釧路市積雪21センチ、4月としては史上最多記録) 昨夕から晩にかけて 釧路は雪が降りました。 我が家の庭の枝枝に付着した雪を 見ながら ごぼうのかき揚げを連想しました。
ごぼうのかき揚げのような 枝枝を見て 美味しそうに見えてしまいました。
今日は金曜日ですが 昔、中学時代英語で 「金曜日、天ぷら揚げてフライデー」なんて こじつけて 覚えたようなことがあったような
朝起きると こんな感じでした。
釧路も雪桜が満開です タイヤ交換 早すぎたなあ〜と思われた方も いらっしゃったことでしょうね。 今日は イエス様が 私たち一人一人の罪を背負って 身代りに刑罰を受けるべく 十字架におかかりになったことを 記念する グッドフライデー 今朝の釧路の雪景色は イエス様が流された血潮によって 神さまの前に罪を告白して イエス様を信じる人の心が 洗い清められて 雪よりも白くされることを 思い出させるかのよう
イエス様が十字架で死んだ日を 受難日と言い グッドフライデーとも言いますが 死んだのに何で、グッド(良い)のかと いぶかる方もいらっしゃるかもしれませんね。
イエス様が十字架に 自らおかかりになってくださったおかげで 信じる人の罪が償われて 信じる人は罪赦され 救われることができるからグッドなのです。
イエス様は死んでおしまいではなく 三日後の日曜日に預言通り復活されて 今も生きておられます。
死んでおしまいだったら イエス様に申し訳ないことにした と悔やみながらの人生に なりかねませんが 預言通り,死者の中からからだをもって よみがえられたことで この方と一緒に歩んでいけると 過去を悔やむ生き方ではなくて 今日と明日へ向かって生きる力が 賦与されるのですね。
今日、一人でも多くの人が 聖金曜日 グッドフライデーの意味を知って イエス様を 信じて救われますように!
イエス様は はからずも(予想せず、思いもよらず、偶然に) 十字架にはりつけになったではありません。
イエス様は 御自分が十字架に磔にされること 死んで葬られて三日後に蘇ることは 予めご存じでした。
神の一人子イエス様にとって 十字架から ひょいと降りてくるなんてことは 朝飯前のことです。
事実、イエス様は 十字架上で 宗教指導者たちからののしられて 「お前が、神のひとり子キリストなら 自分を救ってみろ!」 と暴言を浴びても 少しも動揺することがありませんでした。
こうなる(鞭打たれ、十字架で釘づけにされる)ことを あらかじめ わかっておられたのです。
こうなることは 百も承知でした。
十字架から降りて来れるのに 敢えて降りてこなかった だからこそ 私たちは このイエス様の忍耐深い愛と救いを 信じられるのですね。
十二弟子だけを呼んで、道々彼らに話された。 人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡されます。 彼らは人の子を死刑に定め、 嘲り、むちで打ち、十字架につけるためです。 しかし、人の子は三日目によみがえります。」 (マタイの福音書20:17〜19)
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| 2026.04.02 |
病室の 天井仰ぎ 主を仰ぐ
2026.4.1 転倒されて お怪我された 90代のAさんの お見舞いと おやつの差し入れのために 釧路市内の某病院をお訪ねしました。
受付で「・・・科病棟は何階でしょうか? 入院患者さんの御名前は●●△△さんです。」
とお尋ねしましたら 「その方の生年月日を教えてください」
「えっ!生年月日ですか。 確か●月■日だと思いますが 何年かまではわかりません。」 (面会相手の方の生年月日を尋ねられるとは 思ってもみませんでした。)
「個人情報にかかわることなので、 お教えできません。 ご本人に直接お尋ねください。」
そう言われ Aさんの携帯電話に おかけすると ちょうど検査中らしく 不在で電話に出られず 留守電にメッセージを残し
とりあえず エレベーターに乗りましたら エレベーター内の掲示板を見て 階数を確認することができて 感謝でした。
案内板表示が 病院だから 「院内案内」かと思いましたら 「館内案内」とありましたので 何か旅館のような違和感を覚えて 後で調べると 病院の中が 新館と旧館に分かれていることが 分かりました。
なるほど それで院内案内ではなく 館内案内なのか〜
何はともあれ この「館内案内」のおかげで 何科が何階かが わかり 助かりました。
Aさんの病棟の看護師詰所で、 看護師さんに 牧師であることを告げて 短時間(30秒)でもいいので、 Aさんのために お祈りさせていただけないでしょうかと 懇願しましたが 4人部屋で他に3人いて 感染症対策のためということで お会いすることはかないませんでした。
しかし それでもおやつの スイーツとか 果物とか 信仰書の差し入れは許可され お渡しいただき 幸いで感謝でした。!
かつて この病院の正面玄関は 回転扉だったはずですが いつの間にか 回転扉はなくなり 自動ドアに変わっていました。
2004年に 東京の六本木ヒルズの 回転扉で 6歳の男の子が はさまれて 尊い命を失う事故以来 あちこちの回転扉が 急速に姿を消したそうです。
それでも 「回転中は開きません」 「回転方向へ進んでください。」 と表示がありましたので あれ?ということは、回転扉は まだ、稼働されているのかな〜と 想いました。
Aさんは、釧路管内の標茶町で お一人暮らしをされていて3月中旬 ご自宅で転倒され 骨折されたのが 午前10時
身動きできずに 携帯電話までも手が届かず 1時間後に 予定していた デイサービスの 担当者が 気づいて 救急車の手配。
なんとその時間帯 標茶町内に2台ある救急車が どちらも釧路に向かって出動中で お隣の弟子屈町から 救急車の出動を依頼して 釧路市内までの搬送、緊急手術となりました。
お一人暮らしの Aさんは もしこの転倒のタイミングが デイサービスの日でなかったら 何日も 身動きできず 誰にも気づかれず 低体温症になって・・・、と 話され 災難の中でも イエス様が 守ってくださったと 感謝されていました。
それにしても病室は4人部屋とは言え 全員カーテンで遮断されて
3週間たっても 同室の他の3人とは 全く顔も合わせず 声もかけあえていないそうで、
面会も許されないため リハビリ以外は ほぼ終日 天井を眺めて 生活されているとのことでした。 「天井ばかり見ています。」 と仰ったAさん いつも変わらない天井の光景を仰ぎつつ いつも変わることのない愛に満ちた主を仰ぎながら 平安の中で 生活できますように。
まだ主治医の先生には お会いできていないAさんは 自分のからだの状態がどうなっているのか 知ることができないことを 不安がってはおられました。
それでも 魂の主治医イエス様に 信頼されているAさんは お電話でではありますが お祈りすると しっかりと アーメン、アーメンと 大きな声で 応答なさっておられました。
90代になられてからの 骨折は 大変お辛いことと思いますが 回復を望みてAさんは 食事を頑張ってとっておられるとのことです。
Aさんは 長年、病院の付き添いのお仕事をされてきたので 入院患者さんが 食べられなくなると いよいよ体力が衰えることを つぶさに見てきただけに 食事だけはしっかりと とられているとのことです。
今週は受難週 私たちは 苦しみ痛む友らの傍らに 祈りをとおして 行動を通して はせ参じる者となれますように。
一人一人が できることを できる範囲で
私たちの痛みを担った。 それなのに、私たちは思った。 神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。 私たちの咎のために砕かれたのだ。 彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、 その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。 (旧約聖書 イザヤ書53:4〜5)
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| 2026.04.01 |
孫笑顔 ソメイヨシノと 父母の愛
いい写真だ!今年とっておきの癒しの写真 関東地方は花見の季節 満開の桜を喜ぶ孫の姿に 心和みました。
愛する母に抱かれて 嬉しそうな孫
孫はそろそろ笑い疲れてきたかな〜 それでも父母は疲れることなく 優しく微笑み続ける イエスさまも微笑み続ける
人その一生は草のよう。 人は咲く。野の花のように。
創造主が造られた たくさんの お花たちを 愛でて 情緒豊かに育って欲しい
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| 2026.03.31 |
「塀」の中 神のことばで 回心す!
2026.3.30 釧路保護司会春採分区、武佐分区、桜ヶ岡分区合同による 自主研修会が行われました。 (桜ヶ岡中央会館にて)
今回は、講師として 埼玉県川口市で牧師をされている 進藤龍也氏(お隣は奥様)
進藤氏はかつて3回の刑務所服役経験あり 覚せい剤や 暴力団の組長代行まで 経験された進藤氏は 3回目の服役中に 読んだ聖書のことばによって 劇的な回心と悔い改めの人生へ 導かれた方です。
現在全国の矯正施設にいる 被収容者の方々から 毎月約30通の書簡を受け 励ますとともに 出所後に行き場のない方々の 支援のために 労されています。
質疑応答の時間に 参加者のお一人から 質問が出されました。
それは「服役中に差し入れられた聖書の どの箇所を読んで回心されたのですか。」 という質問でした。
答えは「旧約聖書エゼキエル書33章11節」
↓↓↓
彼らにこう言え。 『わたしは生きている──【神】である主のことば──。 わたしは決して悪しき者の死を喜ばない。 悪しき者がその道から立ち返り、 生きることを喜ぶ。立ち返れ。 悪の道から立ち返れ。 イスラエルの家よ、 なぜ、あなたがたは死のうとするのか。』 (旧約聖書 エゼキエル書33:11)
この聖句が 進藤氏にとって 回心のきっかけとなった 聖句だそうです。
保護司会後に 夕食をともにしました。
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| 2026.03.30 |
誕生日 実家で祝う 恵みかな
2026.3.29
二男坊の誕生日を 自宅で一緒に祝う恵みを かみしめました。
我が家に生まれてきてくれて ありがとう。 命がけて生んでくれた妻にも ありがとう
あの日は 朝小雨が降っていたね〜
地の深い所で織り上げられたとき 私の骨組みはあなたに隠れてはいませんでした。
あなたの書物にすべてが記されました。 私のために作られた日々が しかもその一日もないうちに。
なんと難しいことでしょう。 そのすべてはなんと多いことでしょう。 (旧約聖書 詩篇139:15〜17)
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| 2026.03.29 |
受難週 主の十字架を 黙想し
2026.2.29 今朝会堂にまいりましたら 講壇のお花が 今日から 受難週(パッション・ウィーク)用に アレンジされていました。
私たちの救い主イエス・キリストが 十字架におかかりになり 死んで葬られるまでの 最後の一週間を 黙想する期間として 全世界20数億ともいわれる キリスト者たちは 大切にしている期間です。
あなたがたは召されました。 キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、 その足跡に従うようにと、 あなたがたに模範を残された。
その口には欺きもなかった。 脅すことをせず、正しくさばかれる方にお任せになった。 私たちの罪をその身に負われた。
それは、私たちが罪を離れ、 義のために生きるため。 その打ち傷のゆえに、 あなたがたは癒やされた。 (新約聖書 1ペテロ2:21〜24)
イエスさまが 自分の罪のために死んで よみがえられたことを 信じるだけで すべての罪を赦され 救われます!
いのちをかけて 愛してくださる神のひとり子 イエスの愛を知ることが できますように
イエスの愛を ひとたび知って 信じないことほど もったいないことは この世に他にはありません。
それは莫大な金貨を どぶに捨てるよるも はるかにもったいないこと
今日を含め、今週 一人でも多くの方が イエス様のいのちがけの愛を信じて 罪のゆるし からだのよみがえり とこしえのいのちに あずかりますように
お与えになったほどに世を愛された。 それは御子を信じる者が、 一人として滅びることなく、 永遠のいのちを持つためである。 (新約聖書 ヨハネの福音書3章16節)
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| 2026.03.28 |
水鳥ら シラルトロ湖に 群がりて
2026.3.28 シラルトロ湖の氷が解けて 水鳥たちが楽しそうに 群がっていました。
神は仰せられた。 「水には生き物が群がれ。 鳥は地の上、天の大空を飛べ。」 (旧約聖書 創世記1:20)
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| 2026.03.27 |
日本一 グルメとランの 空港か
2026.3.27 久しぶりにたんちょう釧路空港に まいりましたら 2階に上る階段が とても面白い眺めになっていました。
これは、日本一 グルメな階段に 違いありません。
昨年の6月に行われた 第一回釧路空港マラソンの記事が 空港の掲示板に 貼ってありました。
日本国内の空港マラソンとしては 熊本空港マラソンに次ぐ 2か所目
よくよく見ると、ピンクラインの自分の姿も 今年も6月20日に あるらしいですね!
新しく力を得、鷲のように、 翼を広げて上ることができる。 走っても力衰えず、 歩いても疲れない。 (旧約聖書 イザヤ書40:31)
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| 2026.03.26 |
お粥から 米粉でできた パンケーキ
2026.3.26 妻がランチに作ってくれた 米粉のパンケーキ
数日間体調を崩し おかゆと野菜スープだけの日が続きましたが ようやく おかゆ以外のものを 食することが 可能になってまいりました。
昨晩は うどんを 食べられました。 やわらかいものから だんだん かたいものへと
米粉のパンケーキはもちもちして とても美味しいです。 そしてピーチティーを いただきました。
今日は午後から バプテスマを希望されているAさんとの 聖書の学び会
聖書の学びも やわらかいものから じょじょに だんだんかたいものへと
やわらかいにしても かたいにしても 私たちを成長させるのは イエス様の愛のみことば
経験によって訓練された大人のものです。 (新約聖書 へブル書5:14)
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| 2026.03.25 |
うららかな 春の陽気の フキノトウ
2026.3.25 今朝の釧路は風も穏やかで 温かい日差しで うららかな春の陽気に 包まれています。 会堂の 壁もまぶしく光っています。
早朝、会堂での 聖書とお祈りの時をもって 帰宅すると 自宅前の庭先に フキノトウが芽生えていました。
フキノトウにはペタシテニンという 肝毒性・発がん性を持つ水溶性物質が 微妙に含まれているそうで しっかりとアク抜きをしたり または天ぷら(加熱)で食べるのが 安心だそうです。
冬眠から目覚めた 熊さんたちにとっては 大好物のフキノトウ
最新の研究で、 逆に、ふきのとうの苦み成分「ペタシン」には、 がん細胞の増殖と転移を 強力に抑制する効果があることが 岐阜大学の研究で 発見されたそうです。
「ぺタシン」という粉薬(生薬)が 抗がん剤に代わる 副作用のないからだにやさしい お薬として開発されたら 嬉しいですね。
私は今のところ 食べて味を楽しむよりも 姿を見て色合いを 楽しむこととします。
これから様々なみずみずしい 春のいのちの芽生えが 楽しみですね。
自然界を 創造された神様の いのちの輝きを 感じる季節ですね。
もとに戻らず、 地を潤して物を生えさせ、 芽を出させて、 種蒔く人に種を与え、 食べる人にパンを与える。 (旧約聖書 イザヤ書55:10)
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| 2026.03.24 |
教会の 花たち今日も 微笑みて
2026.3.24 体調がまだ回復しない中、 早朝会堂に参りましたら、 講壇用のお花が 元気に微笑んでいました。
日曜日にしか教会に 来られない人は 日曜日にしか お目にかかれない 彼女たちの微笑みですが
1週間の中で 何度も 教会に足を運ぶ人は 運ぶたびに その微笑みに再会できることは 恵みです。
人に見られようと 見られまいとに かかわらず せいいっぱい 咲き続ける花たちに 励まされます。 その在り方に 倣いたいなあとさえ思います。
花のいのちは短くても 精一杯咲いて 微笑んでいる
私たち人間のこの地上での いのちも 永遠という物差しからすれば 極めて短いですが
それでも 精一杯 今、自分が置かれているところで 微笑みながら 造り主を仰ぎ見ながら 生かしていただけるのですね。
私たちの教会堂には 四六時中人が常駐しているわけでは ありませんが それだけに この花たちの存在は 大きいなあと思いました。
この花たちを 創造された優しい主の 臨在がそこには満ちて 居るかのようです。
彼らは主の家に植えられ 私たちの神の大庭で花を咲かせます。 (旧約聖書 詩篇92:13)
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| 2026.03.23 |
イースター 手作りの会 和やかに
2026.3.23 教会堂で行われている 今月の手作りの会
ふだんは 聖書のお話はありませんが 1年に、イースターとクリスマスの2回 聖書メッセージのときがあり 今回は 「イースターとは何か?」 と言うテーマで お話させていただきました。
キリストの誕生をお祝いするのが クリスマス
キリストの復活をお祝いするのが イースター
少し丁寧に申し上げますと
私たちの罪を背負って十字架で 身代わりに死んで葬られて蘇られたキリストが 今も生きて働かれているのですよ〜 ということをお祝いする日です。
毎年春分の日の後の満月の後に来る日曜日が その年のイースターという ことで、いわゆる 移動祝日と言うこともあって 今年はいつがイースターなのか? 牧師の私も カレンダーやネットで 確認してようやく わかる始末です。
2026年は4月5日(日曜日)です! イースターシーズンは トランプさん プーチンさん 世界のキリスト教徒を自称する 首相、大統領の方々さえも 政務をお休みされて ご家族で イースター・ホリデイを もたれることが通例と聞いています。
イースターは キリスト教世界では クリスマスに並ぶビッグイベントと称されますが クリスマスを超えて盛大に祝われている イベントでもありますので 日本でも もっと盛大に祝われると いいなあと願っています!
この日は、参加された 手作りの会の皆さんに イースターエッグが贈られました。
イースターと言うと ウサギと 卵が シンボルとなっていますね。
ウサギは 多産の動物と言うことで イエスキリストの新しい命にあずかる多くの方々 を象徴し
卵は その殻が割られて 新たな命が生み出されるさまが
十字架で絶命し埋葬された 墓の墓石が動かされて 空っぽとなったその 復活のキリストの 動かぬ考古学的証拠の墓 を象徴しているよう
この日は私自身の体調は 思わしくありませんでした。 私たちの肉体は やがて朽ちていくもの しかしキリストを信じる人には 病むこともなければ 朽ちていくこともない 復活の栄光の体が 世の終わりに 与えられると聖書に約束されており キリスト者は そのことを信じている人々です。
復活のキリストを信じる心が 来られたお一人お一人に 与えられますように お祈りしています。
「わたしはよみがえりです。いのちです。 わたしを信じる者は死んでも生きるのです。 (新約聖書 ヨハネの福音書11:25)
この日、参加されたお一人が 新しい聖書と聖書カバーを ご注文されました。
これから 新鮮な聖書で 新鮮な心で 神さまのみことばを学び キリストとの確かな出会いを 体験される日が来ることを 願うばかりです。
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| 2026.03.22 |
おいしいね みんな笑顔で 食し合う
2026.3.21 さくらの丘 地域食堂 まごころ 教会堂を会場として行われた 地域食堂の今回のメニュー
私は、体調不良で行けず 自宅で寝込んでおりましたが 家が近いこともあって 雪降る中 妻が、ラップをかけて もってきてくれて 食しながら
皆さん、喜んでくださったら 嬉しいなと
皆さんのお顔を 思い浮かべながら 食させていただきました。
おにぎりがとても おいしい。 やっぱり日本食はいいなあって 想いました。
3回目のトライとなると 新しい工夫が次々と出されて スタッフさんのまごころこもった知恵に 感謝するばかりでした。
この日は雪がちらつく寒い中でしたが 希望に満ちた乳幼児から 90代の 夢にあふれる人生の先輩まで
こどもたちには スタッフさんが バルーンを作って 一緒に遊び 楽しんでいただけたようです。
地域の方々の良き交流の場
常連さんも お初めてさんも みんな和気藹々
イエス様は、復活した後、 ガリラヤ湖畔で 炭火を起こして パンと魚を用意して 漁をしてきた 弟子たちに向かって
「さあ、伝道しなさい!さあ奉仕しなさい!」とは 言わず、 さあ、食事をしなさい!」
と弟子たちの腹を満たすことに 心を傾けました。 なんてやさしい 救い主でしょう。
イエスは彼らに言われた。 「さあ、朝の食事をしなさい。」弟子たちは、 主であることを知っていたので、 だれも「あなたはどなたですか」 とあえて尋ねはしなかった。 (新約聖書 ヨハネの福音書21:12)
今回、私を含め 体調不良で キャンセルされた方々も 次回、またお元気に お会いできると幸いです。
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| 2026.03.21 |
水彩画 カフェで鑑賞 寛げり!
アコースティックカフェHOBOさん で行われている 水彩画展に妻が行ってきました。 私も一緒に行く予定でしたが あいにく体調を崩してしまいました。
繊細なタッチで 自然の営みを 動的にエネルギッシュに 描いていますね。 手前の 岩にぶつかる川の水しぶきの動きと 奥の川のせせらぎの静けさの コントラストも 木の根っこや岩の苔の陰影とか とても長い時間の経過を感じさせる 雰囲気が出ていますね。
HOBOさんのマスターは ギターで弾き語りをされるそうです。
多くの施設でもボランティアで歌われたり 地域食堂も開かれたり 民生委員もされたりして 地域の皆さんに 仕えておられる 素晴らしいマスターさんだそうです。 私もぜひお会いしたく願っております。
水彩画を描かれたAさんの お母様が ビーズを使った手作りのノートを 用意されて 鑑賞者の皆さんの ご感想が書かれています。
大きな励ましとなることでしょう。 3月29日まで 開催されているということですので 何とか体調を整えて 私も伺いたいと願っています。
どの作品も 自然を創造された神の優しさや荘厳さが 表現されているかのようです。
私たち一人一人も 神様の尊い作品ですね。
良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。 神は、私たちが良い行いに歩むように、 その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。 (新約聖書 エペソ書2:10)
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| 2026.03.20 |
千代ノ浦 光燦燦と 輝けり
釧路市千代ノ浦海岸 陽光が反射する この光景が大好きです。
水平線がくっきり見えるのも 嬉しいものです。 太平洋全体が ダイヤモンドの輝きのよう
釧路市弥生方面
千代ノ浦の信号で 止まっている間は 海の景色を満喫する楽しい時間
この千代ノ浦海岸で 私は18歳の5月17日 おへそくらいまで浸かる場所まで 海の中を進みゆき バプテスマ(浸礼:全身水に浸かる事)を受けました。 当時は砂浜海岸があって、 砂浜で教会のみんなで賛美歌を歌いました。 キリストと共に死に キリストと共に生きることを 象徴するバプテスマ 今年の4月5日には 私どもの教会堂のバプテスマ槽で バプテスマ式が予定されていて 2名の方がバプテスマを お受けになる予定で そのうちの一人は 私にバプテスマを授けてくださった方の お孫さんです。 感慨深いです。
千代ノ浦であれ 教会堂のバプテスマ槽であれ バプテスマを受けた方々の 生涯は キリストの愛の光燦燦 となることは間違いなしですね。
私たちの罪を背負って 十字架で 身代りに刑罰を受けて 死んで葬られて よみがえられたキリストは 今も生きて働いておられます。 信じる人の人生に さんさんとした愛と赦しときよさと変革の 光を注いでくださいます。 ハレルヤ!
主の栄光があなたの上に輝く。 (旧約聖書 イザヤ書60:1)
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| 2026.03.19 |
点つなぎ 天つなぎの主 傍らに
2026.3.18 98歳になられるAさんは 毎週2回のデイサービスを 愉しみにされています。
ご自宅では 毎日 点つなぎの ワークブックに 楽しそうに 取り組まれています。
私がお訪ねした時も。
ちなみに点つなぎ (ドット・トゥ・ドット)は、 数字順に点を結ぶ作業のことで、 脳の前頭葉を活性化させ、 認知症予防、記憶力・集中力の向上、 指先の運動機能維持に高い効果が期待できる脳トレだそうです。
完成図を想像する力(イメージ力)や、 細かい部分を見る視空間認知力も 鍛えられるのだそうです。
Aさんは 病を得ておられ 絶え間ない痛みの中に 置かれていますが それでも 笑顔で 日々生活されているので 驚嘆するばかりです。
Aさんは 耳の聴こえが お難しいので 小さなホワイトボードに 書かせていただきながら 消しては書いて 書いては消して を繰り返しながら 交流させていただきました。
お祈りの時も ホワイトボードで お祈りの言葉を 書かせていただいています。
イエス様を信じますか とお尋ねすると 素直に 「はい」と笑顔で 応答されるAさんです。
イエス様は 私たちの罪を背負って 十字架で死んで蘇られて 今も現実に 眼には見えなくても 信じる人の心の中で 生きておられる 救い主
イエス様は 「わたしは、よみがえりです。 いのちです。 わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」 と仰いました。
「わたしは道であり、真理であり、 いのちなのです。 わたしをとおしてでなければ 誰も 父のもとに行くことはできません。」 (新約聖書 ヨハネの福音書14:6) と仰いました。
イエス様は Aさんと 天国(天のおとうさま)との 間を結ぶ 唯一の「天結びの神様」として いつもAさんの 傍らにおられます。
イエス様を信じると 天国という完成図を 想像する力(イメージ力)も 鍛えられるでしょうね!
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| 2026.03.18 |
啓蟄の 季節を迎え 柔土なり
今朝、我が家の庭の土が ようやくがちがちに凍った状態から ついに 柔らかい状態となりました。
これから昨秋に植えた チューリップが芽を出す日が 近づいてくるのが 愉しみです。
不思議なもので、年々 冬が短く感じるように なりました。
柔らかい土が 水分を含んで 肥えた状態に 整えられて 種を植えやすくなるよう
自分の心の土壌も 主イエスのみことばの種が 実を結ぶよう 整えられますように
神は仰せられた。 「地は植物を、種のできる草や、 種の入った実を結ぶ果樹を、 種類ごとに地の上に芽生えさせよ。」 すると、そのようになった。 (旧約聖書 創世記1:11)
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| 2026.03.17 |
太平洋 海岸段丘 口づけす
太平洋の水平線と興津の海岸段丘ラインが 接し合う風景が 大好きです。
興津方面を 散歩していて いつも感動する風景です。
この光景を見るたびに 思い出すのは 数学で学んだ「接線」と「接点」のこと
まだ うっすらと 雪が残っています。
左手には興津小学校の グラウンドの バックネットが見えます。
興津海岸の段丘上に ある昆布干場
日常の自然景色の中には 多くの 「接線」とか「接点」が あるものですね。
天地万物を 創造された神の恵みと 神のまことの接点
神の義と神の平和の 接点
それは イエス・キリストの 十字架と言えるでしょう。
イエス・キリストの十字架は 愛するひとり子を 賜るほど犠牲を払ってでも 私たちを滅びから救い出したい 思いが込められた 神が愛(恵み、平和)であることの極みのしるし
イエス・キリストの十字架は 愛する御子の上にも 容赦なく(私たちの罪の代償としての)罪の刑罰が 下さなければないほど 神が義(まこと)であることの極みのしるし
興津海岸の 水平線と海岸段丘の 接線と接点を 観ながら 神の愛とまことの 接点としての 十字架を黙想しつつ 受難節を迎えています。
義と平和は口づけします。 (旧約聖書 詩篇85:11)
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